今、求められているアテナ的な人材とは

 では、より具体的な人物例を見てみましょう。最近目立って活躍しているのは、遠い要素を掛け合わせてイノベーションを起こす人々です。例えばゆうこすさんのように、アイドルからモテクリエイターとか、西野亮廣さんのように、芸人でありながら絵本作家になった人たちです。実は彼らも、アテナ的な要素を持っているのです。

 というのも、イノベーションを起こすために遠い分野同士を掛け合わそうとすると、自分から遠い人たちとの共感力や伝達力が、ものすごく大事になるんです。例えば、新潟県三条市にある老舗の金物屋さんと、最新のAI技術を組み合わせるプロジェクトがあるとします。ここで求められるのは、両者が何を最も大切に考えているか、何によって世界を変えようとしているのか、どちらの心にも「共感」できる人材です。

 同時に、一見真逆にある両者のどちらにも共感できる人は、両者には見えない、お互いの共通点を見つけることができます。そして、この共通点を「表現する力」こそが、プロジェクト成功の鍵を握るのです。

ゆうこすさんは「ラブレター」の受け取り手を探すのが上手

 もう一例を挙げます。ゆうこすさんは、相手の共感ポイントをつく表現をすることに非常に長けた人です。彼女はアイドルをやめた後、芸能事務所から男性向けのグラビアとして売り出されようとしていました。同時に、スキャンダル報道のためにSNS発信をするのが怖くなり、どん底状態になった。しかし、ゼロからの再スタートだと分かったら、自分は男性だけに向けてアイドルをやりたいのではなく、「男女関係なくモテたいのだ」ということに気付いたそうです。

 そこで彼女はターゲットを「私と同じようにモテたい女子たち」に定め、モテクリエイターとしてSNSなどで発信していくことになりました。そこで注力したのが、「私に共感してくれる人のことを考えて、その人に向けて発信する」ということでした。

 共感力と表現力を生かした彼女の戦略は、非常にアテナ的と言えます。初めは多くの批判が届いたそうですが、その中に、クラスに3人はいる「モテたいけど人目が気になって何もできない人たち」の反応が交ざり始め、やっと自分に共感してくれる人を見つけたのでした。やがて活動を続けていくうちに、「クラスに3人の女子たち」が100万人集まっていったのです。

 ゆうこすさんに見るアテナ的能力は、言い換えれば、「私のラブレターを受け取ってくれる人を探し出す能力」とも言えます。僕はどんな人にも、「自分と同じような誰か」に差し出したいラブレターがあると思うのです。例えば僕はコミュ障なので、「僕は人見知りなりに、どうすれば誰とでも仲良くなれるのか考えてきた。その思いと、僕が培った技術を誰かと分かち合いたい」というラブレターがあります。この「ラブレター」こそ表現力の結晶であり、「分かち合いたい」という思いこそ、共感力の本質なのだと思います。つまり、自分と同じように傷ついたり、喜んだりする人と、思いを分かち合う力です。

 「誰かと分かち合いたいラブレター」は、あなたの中にも眠っているのではないでしょうか。実はそれこそが、アテナ的な力であり、これからの時代でイノベーションを起こす鍵でもあるのだと思います。

取材・文/小野田弥恵 イメージイラスト/PIXTA