SNSだからできること

―― 大学院を卒業した後は、臨床心理士として総合病院に勤務しています。SNSでの発信を始めたのは、ちょうどその頃とも重なりますね。

みたらし 病院勤務で患者さんたちと接する中で、「重症化してから来院される患者さんがあまりに多い」という現実に危機感を覚えたんです。お話を伺っていると、ご家族やご本人の中に「メンタルケア」というものに対する偏見が強くあり、対処が遅れてしまうケースが多いようでした。本当はもっと早い段階から受診できたらいいけれど、私たちメンタルヘルスに関連する医療者は、診察室やカウンセリングの部屋でひたすら待つことしかできません。病院まで来られるのは、「治療する気力」をなんとか見つけてくれた方や、「病院まで連れてきてくれるような周囲」がいる人が多いです。もっと違う形で、何かこちらからアプローチできることはないかと考えた結果、渋谷での出会いとその反響もあり、ソーシャルメディアを使った発信に行き着きました。

―― SNSだからこそできるアプローチとは、何なのでしょう。

みたらし 心が疲れきってしまっているときは、「医療機関へ行く」という行為自体が大変なことだと思います。着替えて外に出る準備をして、交通機関に乗って、人混みを抜けて病院の待合室で手続きをして……と、それだけでも本当にハードルが高いことだと思います。心の悲鳴が医療まで届かない人が、家でベッドの中にいたり、ぼんやり携帯を見たりする時間の中で、メンタルケアについて触れられる方法はないかなと思うと、ソーシャルメディアといった身近で気軽な媒体を使うのはいいのではないかと感じました。

―― 医療機関との心理的な距離により受診が最終手段になってしまい、メンタルケアへの偏見や敷居の高さにもつながっていた部分はあるのかもしれませんね。発信することへの壁もあったのでは?

みたらし 確かに、当時は臨床心理士などのメンタルヘルスに関わる人間は表立った発信などは控えるべきで、「黒子」的役割に徹すべきだという風潮が強くありました。私が大学院に通っている頃は、絶対にそんなことはできないと思っていたんです。けれど、いつまでたっても臨床心理士が顔の見えない存在でいるのはおかしいんじゃないかと感じるようになり、「顔出し」での発信もするようになりました。

SNSではメンタルヘルスのほか、ジェンダーギャップ、セクシュアリティー、パートナーシップについても発信している
SNSではメンタルヘルスのほか、ジェンダーギャップ、セクシュアリティー、パートナーシップについても発信している

 下編「みたらし加奈 呪いの言葉まん延する社会で生きるには」では、「顔出し」で発信をすることで感じた変化、多くの人が今悩んでいるコロナ疲れやストレスへの対処法をさらに聞いていきます。

みたらし加奈
みたらし加奈 1993年生まれ。臨床心理士。SNSを通して、精神疾患についての認知を広める活動を行っている。大学院卒業後は、総合病院の精神科にて勤務。現在は、フリーランスの活動をメインに行う。昨年には初の自著である『マインドトーク-あなたと私の心の話』を出版。女性のパートナーと共にYouTubeチャンネル「わがしChannel」も配信中。

取材・文/中西須瑞化 文・構成/加藤京子 写真/みたらしさん提供