手づかみで現地の料理を食べ、距離を縮めた

 「とにかくジャカルタに戻ろう」と、帰国を早めた仲川さん。ただ、それが現地のメンバーと打ち解けるきっかけになった。帰国後早々、「もう帰ってきていると聞いたから、一緒に旅行しない?」とメンバーから連絡があった。年末年始の休みを繰り上げた仲川さんを気遣ってくれたのだという。「うれしくてすぐに行くと返事をしました。ただ、旅行先のコテージで出てきたのは、メンバーのお母さんが作ってくれた食べたこともないインドネシア料理ばかり。腹をくくって現地の人と同じように手づかみで何でも口に運びました。すると、メンバーも家族も『手を使って食事をする日本人は見たことがない』ととても喜んでくれ、距離がぐんと近づきました

 インドネシア語も独自の学習法で、たった半年で自由に操れるようになるまで上達させた。「語学学校に通ったわけでも、教科書をたくさん購入したわけでもありません。外国語を上達させるポイントはとにかく聞きまくることだと思います。会話を聞くのはもちろんのこと、『あれは何?』『これは何?』と相手が嫌がるまで質問する。すると次第に言葉が頭の中に入ってきます。そして覚えた言葉は間違っていてもいいので、どんどん使うようにしました。とにかく言葉を使えなければ話にならないので必死でした」

アドリブで目立つキャラを演じ盛り上げた

 そんな仲川さんにチャンスが訪れたのは、あるトーク番組に出演した時だ。

 この番組では曲を披露した後に司会者とトークを繰り広げる構成だったが、メンバーも緊張のせいで、型にはまったトークしかできず、盛り上がりに欠けていた。「なんとかしなければ」。必死になった仲川さんは片言のインドネシア語を駆使して、トークをつなげ、その後もスタジオの小道具を使って司会者にいたずらを仕掛けたり、セットにあったお菓子を勝手に食べたり……とアドリブを連発。司会者や観客を爆笑の渦に巻き込んだ。「なぜあそこまで暴走したのか分かりません。一つ言えるのはJKT48を知ってもらうために番組を盛り上げようと必死だったこと。この国はまだアイドルの文化が根付いていなので、どう扱っていいのか分かっていない。だから、いじっていいんだよという方向に自分から持っていきました」

 これを機に、出演依頼が相次ぎ、国民的な人気番組からも声が掛かるようになっていった。「私が話す片言のインドネシア語が面白かったのかもしれません。私の口から出てくるのはメンバーから直接聞いた生きた単語ばかり。だからテレビではあまり使われないスラングも混ざってしまう。それを面白がってくれていたのだと思います。日本ではお笑い担当ではなかったので、自分が笑われていることに最初は傷つきましたが、せっかく日本を出てきているんだから、日本と違うキャラでやってみようと。このキャラで行けるところまで行こうと覚悟を決めました。

インドネシアの人気番組に出演する仲川さん(中央)。台本通りにいかないことがほとんどなので、アドリブが求められる