アイドルからエンジニアへ――。興味深い「転身」を成功させたのは、クラウド人事労務ソフトを展開するSmartHR(東京・港)の五十嵐夏菜さんだ。2歳の頃からモーニング娘。に憧れ、念願のアイドルとなった彼女は、どのような思いでエンジニアへ転職したのだろうか。「好きなことを仕事にすることには喜びと葛藤もあった」と言う五十嵐さんの、唯一無二のキャリアを聞いた。

五十嵐夏菜(いがらし・かな)
エンジニア
五十嵐夏菜 クラウド人事労務ソフトを展開するSmartHRのエンジニア。アイドル、タブレット端末販売員としての経験を経て、現職。SmartHRの社員として働く傍ら、複業として企業のPRアイドルとしても活動する。

モーニング娘。に憧れていた幼少期

 「2歳の頃からモーニング娘。が大好きで。ずっとリビングでテレビに出ているモー娘。をまねしながら歌って踊っていたんです」

 幼少期に戻ったかのように楽しそうに語ってくれたのは、五十嵐夏菜さん。現在は、クラウド人事労務ソフトを展開するSmartHR(東京・港)でエンジニアとして働く。

 2歳でモーニング娘。と出会い、アイドルに憧れた五十嵐さん。「自分もモーニング娘。になりたい!」という夢を持ち、3歳から小学6年生まで地元のダンススクールに通った。しかし、中学校へ入学してからは、「勉強を第一にしなさい」と親に言われ、趣味としてアイドルを好きでい続けた。

 「アイドルになりたい」という気持ちが薄れかけていた五十嵐さんに転機が訪れたのは、17歳の時だった。当時、高校卒業後の進路で悩んでいたという五十嵐さんは、起業家だった父の影響を受け、アメリカの大学へ進学を志す。

 「父は、私が小さい頃に単身渡米していました。帰国後、アメリカの良さを色々と教えてくれたんですが、『アメリカでは多様性を大事にする』という話が印象的でした。父の話を聞いて、より『自分らしく』いられる上に英語も学べるなんてすてきだなと思い、アメリカの大学へ進学することを考えました」

 しかし、そこでふと立ち止まって考えた。「アメリカの大学は、4年ではなかなか卒業できないかもしれない」と周りの先輩が話すのを聞いて、より慎重に進路を考えるようになった。

 日本にいながらでも、英語は学べる。自分が自分自身を認めてあげて、多様性を受け入れてくれる環境を見つければ、アメリカへ行かなくてもいいのでは……? 今、私が1番やりたいことは、アイドルだ。

 幼少期に抱いた夢が、再びよみがえった。

アメリカの大学へ進学することも考えていたが、17歳の時にアイドルのオーディションを受けることを決意した
アメリカの大学へ進学することも考えていたが、17歳の時にアイドルのオーディションを受けることを決意した

17歳でハロプロのオーディションへ

 周りは、高校卒業後は大学へ進学する友人がほとんどだった。しかし五十嵐さんは、その状況に違和感を覚えていたという。

 「友達に、『どんな目的があって大学へ行くの?』と聞いたら、『就職に有利だから』とか『高校の次は大学でしょう?』という答えが多かったんです。でも私は、特に大企業に勤めたいという希望もなかったし、『高校の次は大学』という型にわざわざはまらなくてもいいのでは? と思っていました。それよりも、自分が楽しいと思えることをしていたいという気持ちが強かった。だから、夢だったアイドルに挑戦してみようと思いました」

 五十嵐さんが憧れていたモーニング娘。のオーディションは、17歳までしか受けられないという年齢制限があった。偶然にも、そのオーディションの1次審査が五十嵐さんの17歳の誕生日にあり、「これは受けるしかない」と決意した。

 最初のオーディションは、書類を持って行けば誰でも面接を受けられるものだった。朝10時開始の審査に向けて、事務所の場所を調べて朝6時から並んでいた五十嵐さんは、エントリーナンバー1をゲット。「誰よりも早く会場へ行き、最初に面接を受けて、審査員の度肝を抜きたい」。そんな思いでいっぱいだった。

 1次審査は、アカペラ。「ほらね ピンチをチャンスにできる奴らが勝利をつかむ」という前向きな歌詞が特徴の『かっちょ良い歌』を披露した。そして見事、次のステップへの切符を手に入れた。

 しかし、そこで両親から次の審査へ進むことを反対され、やむなく辞退することになった。

 「当時は、めちゃくちゃ後悔しました。何で親を説得できなかったんだろう? 何で、もっと早く挑戦していなかったんだろう? と、いろんな思いがこみ上げてきました」

 だが、悔しい思いを抱えていた五十嵐さんに、ある話が舞い込んできた。当時、ボイストレーニングをするために通っていた教室の先生が、「アイドルグループを立ち上げたい」と、五十嵐さんに声を掛けたのだ。「先生が5人組のユニットを作りたいと言っていたので、そのメンバーの1人として選んでもらい、念願のアイドルになることができたんです」