「寿司もトンカツもやります!」が日本食じゃないんだぞ

周子 パリに「国虎屋」っていう有名なうどん店があって、今一緒に経営しているアイルランド人のジョンが「国虎屋みたいなうどん屋をロンドンにも作りたい」と人を探していたところで、私に声がかかったんです。

マリエ 「そばじゃなくて、うどんかぁ~」って思いませんでした?

周子 思いましたよ(笑)。でもうどん屋をやってみると、うどんって食べ飽きないんですよね。そばだと私は食べ飽きちゃうんだけど、うどんってごはんみたいに毎日食べられるから、自分がやるにはよかったと思いますね。

マリエ 「海外で和食のお店を開きたい」と夢見る人は多いと思うのですが、特に経験がなくても飛び込めるものなんですか?

周子 ロンドンでは別の業界から急に飲食に入る人も多くて、うちのお店のスタッフも、金融関係で働いていた女性や、医学生だった男性など、様々います。私も調理学校に行ったり調理師免許を取ったりしたらよかったのかもしれませんが、なんだかんだと忙しくて、結局、それはできませんでしたね。

マリエ じゃあ、「KOYA」の開店が初めての飲食業だったとか?

周子 いや、実は料理の経験自体は長くて、大学時代はアルバイトでイタリアンレストランの厨房にいましたし、大学院を卒業して一時的に日本に帰国したときはマクロビコンセプトのレストランで2年弱、毎日ヒーヒー言いながら働いていました。

マリエ やっぱり食に興味があったんですね。

周子 そうですね。うどんのお店を出すと決まってからは、さきほど言ったパリの国虎屋で一夏働き、讃岐うどんを学びました。

マリエ 周子さんは今、オーナーに当たるんですよね? どんなお仕事をされているんですか?

周子 共同経営なのでオーナーでもありますし、タイトルはエグゼクティブシェフですね。3店それぞれにヘッドシェフがいて、彼らをマネジメントしています。味や接客のクオリティコントロールや、月替わりのスペシャルメニューの開発ですね。ヘッドシェフたちと一緒に試作を味見して、ああしようこうしようとワイワイ話をしてます。

マリエ エグゼクティブシェフ、かっこいいですね。日本とイギリスでウケる味って、微妙に違いがあるんですかね。

周子 そうですね。日本ウケするさっぱり系より、イギリスの人たちはなんだかんだ揚げ物が好きだよな~って違いもあるし、食材がちょっとずつ違うんですよね。水も違うし。だから日本のうどんとは微妙に味が違うかもしれない。そうそう、イギリスにも長年やってるお豆腐職人さんがいるんですよ。

マリエ そうなんですか! それは日本人?

周子 いや、イギリスの方なんですけどね。日本の豆腐とはこれまた微妙に違った味なんですけど、それはそれでおいしいですよ。

マリエ へえ、食べてみたいです。ちなみに店名の「KOYA」には何か意味があるんですか?

周子 当時ロンドンの日本食って、寿司もうどんもトンカツもやります! みたいなレストランが多かったんですよ。おいしいお店ももちろんあるんですけど、私はどこかで「これが本当の日本食じゃないんだぞ」って思いがあって。

マリエ 確かに。

周子 1つのものに集中して、ちゃんとおだしから作れば、こんなにおいしいうどんができるんですよ、ていうのをロンドンの人に見せたかったんですよね。見栄を張ってゴージャスなものにするより、毎日おだしを取って淡々と日々を営んでいきたいと思って、「小屋」と名付けました。

「日本ウケするさっぱり系より、イギリスの人たちはなんだかんだ揚げ物が好きみたいです」
「日本ウケするさっぱり系より、イギリスの人たちはなんだかんだ揚げ物が好きみたいです」

マリエ シンプルですてき。お店をやる上で、ロンドンならではの苦労ってあったんですか?

周子 そうですね。ロンドンに限らないかもしれないけど、食事の慣習の多様さが日本との違いですね。例えばヴィーガンが一定数いるので、ヴィーガン用のメニューは用意しておかないとお客さまから怒られちゃうし、3店舗目のヴィクトリア店はムスリムが多い地域なので、イスラム教徒が食べてもいいハラル用のメニューを用意しています。

マリエ ヴィーガンやハラルは日本でもたま~に目にしますけど、移民も多いロンドンだと、当たり前のように考えなきゃいけないことなんですね。

マリエの気付き
日本で生活していると、宗教や文化の違いを感じる機会があまりありません。あっても、「カフェインを取らない」とか「今ファスティング中」くらい? だから食文化の違いにも疎かったけど、確かに外資系の飛行機に乗ると、ベジタリアンや宗教はもちろん「グルテンフリー」のメニューさえありますよね。世界の食は多様。