2019年12月に発表されたジェンダーギャップ指数。日本の順位は153カ国中121位という過去最低の結果となりました。多くの業界で女性の活躍推進が謳われているものの、実態としてはジェンダーの平等には未だ程遠い現状があります。

 そうした社会状況を踏まえ、ユニリーバ・ジャパンが展開するトータルビューティーケアブランド「LUX(ラックス)」では、無意識に生じる性別への先入観について社会に気づきを発信しながら、それを実際に取り除くアクションを起こしていく、「LUX Social Damage Care Project(ラックス ソーシャルダメージケア プロジェクト)」を開始。

 2020年度の採用活動より、ユニリーバ・ジャパンのすべての採用選考の履歴書から顔写真の提出や応募者への性別に関する一切の項目を排除し、個人の適性や能力のみに焦点を当てた採用を行うことを決定しました。こうしたジェンダーへの新たな取り組みを受け、プロフィギュアスケーターとしてアイスショーに出演する傍ら、講演活動を通して多くの女性をインスパイアする鈴木明子さんに、今の日本女性が抱えるジェンダーへの葛藤やその乗り越え方について伺いました。

<b>鈴木明子さん</b><br>1985年愛知県生まれ。6歳からスケートを始め、高校1年の時に出場した全日本選手権で4位となり注目を集める。体調を崩して試合に出られない時期もあったが、2004年に復帰。その後、2010年バンクーバーオリンピックで8位に入賞し、多くの感動を呼んだ。2011年GPファイナル銀メダル、2012年世界選手権銅メダル、現役最後の2013年全日本選手権では悲願の優勝を果たし、ソチへの切符を手にする。ソチオリンピックでは2大会連続となる8位入賞。現在は、プロフィギュアスケーターとしてアイスショーに出演するほか、解説や振付、全国各地での講演活動など活動の場を広げている
鈴木明子さん
1985年愛知県生まれ。6歳からスケートを始め、高校1年の時に出場した全日本選手権で4位となり注目を集める。体調を崩して試合に出られない時期もあったが、2004年に復帰。その後、2010年バンクーバーオリンピックで8位に入賞し、多くの感動を呼んだ。2011年GPファイナル銀メダル、2012年世界選手権銅メダル、現役最後の2013年全日本選手権では悲願の優勝を果たし、ソチへの切符を手にする。ソチオリンピックでは2大会連続となる8位入賞。現在は、プロフィギュアスケーターとしてアイスショーに出演するほか、解説や振付、全国各地での講演活動など活動の場を広げている

女らしさ・男らしさから「美しさ」を追求する時代に

―― 鈴木さんが長年活躍されてきたフィギュアスケート界では、そもそも競技自体が性別で分かれていますが、男女による違いや格差などを感じたことはありますか?

鈴木明子さん(以下、敬称略) 確かにフィギュアスケートでは、男子シングル、女子シングルというように競技そのものが別立てになっていますが、明確に分かれているからこそ、逆に格差を感じる場面はありませんでした。ただ、フィギュアのルールにおいて「性別の壁」がなくなりつつあるなと感じた出来事がありまして。

それが2005-2006年シーズンに行われた、衣装のルール改正でした。女子選手のスカート着用義務が廃止され、パンツスタイルで滑ることが可能になったのです。

―― 当時、女子選手の方がスケートリンクにパンツスタイルで登場した時には、とても新鮮に感じましたね。

鈴木 そうですよね。実は私自身、あのひらひらと裾が揺れるスカートに憧れてスケートを始めたこともあって、「女子選手のスカート着用義務」については特に疑問に思うことはなかったんですね。でも、スケートを続けていくうちに、演目によってはスカートでなくてもいいのでは? と度々思うようになりました。

一方で、男子選手も今はフリルやレース、ビーズなどがあしらわれている美しい衣装で演技をしていますが、もっと前の世代の選手は白いシャツに黒いベストといった、いわゆる男性らしい衣装が主流でした。聞いたところによると、当時キラキラしたような衣装を男性が着るのはナンセンスだ、という風潮があったようです。今でも衣装のルールはいくつかありますが、「男性だから」「女性だから」と枠にはめる形は、少なくなってきているように感じます。

―― そうなんですね。フィギュアの世界以外で「女性だからこうあるべき」といった、ジェンダーの縛りを感じたことはありますか?