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狂っているのは、誰だ?

【小説】経営者カンファレンスで何が行われているのか?

【第2話】高級ホテルのホールに集結した起業家達。野望を胸に、一人でそこに乗り込んだ

駆け出しの起業家の私が、資金調達と採用のために初めて参加した経営者カンファレンス。昨日は有名起業家の加賀美と飲みすぎて失敗したが、今日こそは何らかの結果を持ち帰ろうと焦っていた。そこに一人の女性が現れる。

※【第1話】「簡単に寝る女の世界は閉じていく。」

 身支度を終えてホテルの1階に行く。高級ホテルのバンケットフロアは結婚式でも開かれそうな華やかさで、ベージュを基調とした部屋の天井に、落下したら五人は殺せそうな大きなシャンデリアが3つも輝いている。上品なクラシック音楽が流れていて、テーブルに近づくだけで淹れたてのコーヒーが即座に提供される。今すぐ花嫁が登場しそうなその空間で、100人以上の人々が今日も変わらず名刺交換をしていた。

 多くの人は東京から福岡へ、ベンチャーキャピタル(※)が主催する年に一度のこのイベントのためにわざわざ飛行機に乗って泊まりがけで駆けつけているのだ。そのほとんどは起業家や、どこかの会社の役員や投資家で、ベンチャーキャピタル経由での招待を受けた者のみが参加を許されていた。イベントの名物であるピッチコンテストでは事前の審査を勝ち抜いた気鋭の起業家が登壇し、事業内容や今後の展望などを大勢の観客の前で5分間プレゼンテーションする。

 そこで優勝した者には100万円の賞金が与えられ、それどころではない金額の投資オファーが殺到し、業界メディアが記事にすることで就職希望者も増加する。無名な駆け出しの人間が一夜にしてスターダムにのし上がる夢の舞台。何か結果を持ち帰りたいのは当然のこと、誰もがギラついた目と燃える心で会場を行き交っている。

 一方、加賀美のような成功者はセミナー講師としての登壇と、関係者同士の同窓会、夜の街での気分転換などが目的だったりするから、気楽なものだ。しかしこの表現には私の妬みが多分に含まれている。いっそ本当に遊んでいるだけなら良いのに、その実、彼らの中の熱意の火はまったく消えていない。前回以上の新しい挑戦を、さらりと始めたりするのだった。必死さと結果が比例しない世界。それが分かっているからなおさら、余裕な態度が気に障る。

必死さと結果が比例しない世界
必死さと結果が比例しない世界

 私は最近企画した新しい婚活サービスのテストサイトを持って来ていた。以前リリースしたアプリは外注で制作していて色々と不都合も多かった。だから今回は開発が得意なエンジニアを探すこと、そしてそういったメンバーを採用するための資金調達を目的にこのイベントに参加していた。昨日は数十人と名刺交換をしてブロックチェーンだか何だかのセミナーを聴き、そこで業界の有名人である加賀美廉と知り合った。

 加賀美は眠そうな目をこすりながら「初めて来た方ですよね?」と声をかけてきた。私はこの会場に一人で乗り込んで、心細い思いをしていたのでうれしかった。彼はメディアで見るよりもずっと背が高くて細く、少年みたいな体形をしていて薄い青のグラスの眼鏡をかけていた。目の奥には、いつも何かを不思議がっているような好奇心に満ちた色がある。いわゆる「塩顔男子」などと一部女子が喜びそうなビジュアルだ。

 私は軽く自己紹介をしてから言った。

 「新聞のインタビュー記事、読みました。経営をチェスに例えていた部分が……」

 「チェスがお好きなんですか」

 「いえ、やったことはないです。将棋なら多少は」

 私が少し焦ってそう言うと、加賀美はハハハと笑って、なんかおもしろいひとですね、と言った。彼は私が見せたテストサイトについても興味深そうにいくつか質問をし、「これは相当おもしろい」と感想を述べてくれた。この人は信用できるかもしれない。そう思った私は、今回の一番の目的が資金調達であることを彼に伝えた。

 「このあとは登壇で忙しいけれど、夜は空いているのでよかったらめんたいこでも食べながら相談乗りますよ」

 今思えば、加賀美から返ってきたこの言葉は、無名の新人にかけるには少々親切が過ぎていた。私はそれだけ今回のテストサイトが評価されているのだと思い込んでしまった。夜になって彼と会うと、例によって話題のほとんどは資金調達ではなく性的な方面ばかり。私は体調不良で飲みすぎて、ピアスを外される、という事態に相成ったわけだ。

結婚式でも開かれそうな華やかさ
結婚式でも開かれそうな華やかさ

 熱いコーヒーをゆっくりと胃に入れてなんとか痛みを落ち着けようとしていると、人混みの隙間から、舞うようにふわりと女性が現れた。彼女は私の目を見るとうれしそうに言った。

 「よかった、今日もいらっしゃって。おはようございます」

 「おはようございます」、笑顔で応えたが、誰だったのか思い出せずに内心どきりとした。

 「昨日会場でお見かけして、ご挨拶したいなって思っていたんですよ。でも見失ってしまって。このイベントって九割以上が男性でしょう。女の子がいる、と思って、私うれしくって」

 彼女は神戸佳子と名乗った。40代くらいの聡明そうな人で、淡い水色の上品なワンピー スに、短いショートヘアがとてもよく似合っていた。人材大手の上場企業に長年勤めていたが、新規事業を思いつき、起業へ踏み切ったのだと彼女は言った。

 「不思議よねえ。今まで何の疑問もなく会社で事業をやってきたのに」佳子さんはうふふと笑う。「突然、もったいない!って思ったの。だってどんなにうまくいったって、利益は会社のものじゃない? 今までいくら損してきたのかと思うと悔しくて。だから今はさっぱりした気分なの」

 それを聞いて私まですがすがしい気持ちになった。

 「大企業で長年活躍されてきたのも尊敬しますし、そこからまた別の挑戦をされるのも楽しみですね。どんな事業なんですか?」

 「家事の代行予約サービス。ほら忙しいときに家のことなんて、うまく回らないでしょう? かといって個人で家政婦さんを探すのは手間がかかりすぎる。だから一時間単位でサクッと依頼できるサイトを作っているの」

 「リリースされたら絶対に使いたいです」。私は心からそう思った。

 「あなたはどんなことをやっていらっしゃるの?」

 「こんなサイトを作ってまして」

 私はテストサイトをスマホで表示して佳子さんに見せた。

 「真剣な婚活ができるマッチングサービスを作りたいと思っています。既存の出会い系の怪しいイメージを払拭して、女性に安心して使ってもらえるような」

 「すてき!」

 佳子さんは大きな声で言った。

 「あなたは、大学を出てすぐに起業してこれを作っているの?」

 「正確には一応、新卒で広告代理店に入って半年だけ会社員をやりましたが」大企業に長年勤めてきた人の前だとこの手の話は少し緊張する。

 「ちょっと生き急いでまして。それからすぐに起業して、今1年くらいです」

 「あら、じゃあお歳は」

 「23歳です。駆け出しですが何卒……」

 「うちの娘とたいして変わらないじゃない! お知り合いになれて本当に良かった。起業家としては私も駆け出しですもの、これからも仲良くしてくださいね」

 佳子さんは感激したように私の手を握って、ではまた、と別れた。お互いに品定めをしているようなこの会場の中、そんなふうに全力で肯定してもらえて、なんだか温かい気持ちになった。

 しかしこの高揚感は、すぐに消え去ることとなる。

※ベンチャーキャピタル:スタートアップやベンチャーといった高い成長率が見込まれる未上場企業に対して、主に出資の形で投資を行う組織。

文/関口 舞

※【第3話】「業界内ヒエラルキーと下克上」に続く。
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