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狂っているのは、誰だ?

【小説】元不登校女子、起業家になる

【第9話】私が起業家になった理由

3000万円の資金調達を受けた私と松原だったが、あるベンチャーキャピタルから言われた言葉に、私は深く傷ついていた。

※【第8話】「3000万円の出資金と3万円の浴衣」

 ずっと自分を変えたかった、別の誰かになりたいと思っていた。だからベンチャーキャピタルから言われた「繊細そうで向いていない」という言葉は、心に重くのしかかった。

 別の人間になりたいと願うようになったのは小学生の頃からだったと思う。

小学生の頃
小学生の頃

 まず思い出されるのは教室の壁に貼られたみんなの顔写真。4年生の担任の田中先生は熱心で、クラスの生徒全員の顔写真を撮影して壁に貼り、そこに私たちに書かせた自己紹介を添えることで、生徒たちが早くお互いに打ち解けるよう工夫していた。

 3学期のある日、学校に行くとユキが飛んできて「ねえ、写真にイタズラされてるよ」と囁いた。見に行くと、私の顔写真に爪か何かで大きくバツの形の傷がつけられていた。写真の中の私ははにかんだような笑顔をしていて、その両目が傷で潰されている。「うわ、ほんとだ、やられたな~」。私はおどけたように言った。かわいそうな子だと思われたくなかったし、ユキにはたいして気にしていないようなふりをした。

 放課後、教室から誰もいなくなるまで待って、傷つけられた顔写真を再び見た。バツのついた顔。その下に私が書いた自己紹介がある。

 「好きな食べ物:お寿司 いきもの係 はやくみんなと仲良くなりたいです!」

 誰がやったんだろう。誰だか分からないからこそ、全員が私を嫌っているように思えた。少し前から態度が冷たい、親友のアイかもしれない。それとも、昨日おはよう、と言ったら曖昧な返事しかくれなかった浅見さんかもしれない。顔を上気させて、真っ先に報告してきたユキがやったのかもしれない。動悸が速くて呼吸が苦しい。

 人一倍勉強を頑張っていたからいわゆる優等生だった。そんな自分が「誰かから嫌われている」、極端にいえば「いじめにあっている」と、みんなから思われるほどつらいことはなかった。最悪の場合、先生にバレたら親にまで報告されるかもしれない。お母さんの中での私の学校生活は完璧に楽しいものだったし、そっちが私の中でも真実だと思いこむようにしていた。

 それを壊してしまうくらいならば……、私は考えた。そして、傷の修復が無理だと分かると、他の人の写真にも傷をつけるしかないと思った。例えばビンゴのように縦一直線に傷をつけていって、その中に私も含まれている形にしたらどうだろう。

 周囲の妙な静けさの中、誰も見ていないことを確認すると、すぐ上に貼られた遠藤くんを見た。爪を当てたけれど、遠藤くんの屈託のない笑顔に傷をつけることなんてできなかった。遠藤くんの写真の下には「好きな食べ物:バナナ」と書かれている。遠藤くんは耳が大きくていつも陽気で、バナナが大好き。お猿さんみたい、とみんなに愛されていた。ぽろぽろと涙が溢れた。それでも、目を潰された写真の私は笑っていた。

ぽろぽろと涙が溢れた
ぽろぽろと涙が溢れた

 それから1週間程した頃、学校に行くと、当時憧れだった内山くんが心配そうにこちらを見ているのに気がついた。「ちょっと大丈夫?」内山くんは私の写真を指差した。そこには黒いマジックペンで「死ね」と書かれていた。

 私は黙って写真を壁から剥がし、その日から学校を休みがちになり、不登校に近い状態になった。100点ばかりだったテストで初めて85点をとった。それを渡すと母は震えて、「ちゃんとお勉強しないと将来取り返しのつかないことになるのよ」と泣いた。私は生きているだけでは、存在を許してもらえないんだ。

 「死ね」

 何かで結果を出して存在意義を作らなければいけない、そう思った。

 あの頃の、それこそ繊細で弱い自分がずっと嫌いだった。そんな私が一発で違う人間になれる逆転の道、それが起業だった。大学生の頃に就活のつもりでたまたま参加したカンファレンスで、たくさんの学生起業家と出会ったときの衝撃を覚えている。彼らは大学名ではなく、自社サービスや事業で自己紹介をした。

 起業家。それは教室の壁を見て泣いていたあの自分とは正反対の、本来の自分から一番遠い生き方に思えた。だから身の丈に合わない挑戦をすることにした。ここには、自分という人間の存在意義がかかっている。

 Facebookを開くと、加賀美があの日の会食の席にいた桐生という人物と、ソーシャルゲーム関連の新しい会社を共同創業した報告が書かれていた。「4社目の起業」と記されている。創業と同時に3億円の資金調達も済ませている。恐らく最初から高い企業価値が設定されており、手放した株はごく少ないのだろう。投資家陣の写真の中にも、あの日の会食の人物がいた。加賀美はあの場で冗談を言って気楽に振る舞いながらも、虎視眈々と次の準備を進めていたのだ。

 私はスマホの電源を切った。

文/関口 舞

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