福岡で出会った人工知能博士の松原と私。ベンチャーキャピタルから3000万円を調達し、ついに会社を創業した。

※【第9話】「元不登校女子、起業家になる」

 「米国帰りの人工知能博士と両想いアプリで話題の女性起業家が、婚姻率の向上を掲げ共同創業」

 業界メディアに取材記事が掲載された。そこには私たちの創業の経緯と、松原の「親和性AI」を活用した真剣な婚活サービスをつくりたいという想いと、今後開発していきたいサービスの素案が書かれていた。少し過剰すぎるタイトルに恐縮しながらも、こんなふうに取り上げてもらえたことを誇らしく思い、起業に反対していた母に送った。

 《記事になったよ。がんばるね》

 母からはしばらくたってから《体にだけは気をつけるんだよ》と返信があった。

 注目度の高い松原との共同創業は周囲でも話題となり、FacebookやTwitterで祝福のコメントが寄せられた。私は実態のない高揚感に包まれていた。

実態のない高揚感
実態のない高揚感

 しかしたった1件のコメントが、そんな気持ちに水を差した。

 「おっぱいが目立ちすぎて内容が入ってきませんw」

 Twitterでそう言ってきたのは、知人女性だった。取材記事の写真で私が着ていたTシャツが、胸で盛り上がっていることに対するコメントだ。「バストラインを隠す努力が足りていない」ことを暗に批判したいのだろう。「性的目線を防ぐ対策が足りていない人」が許せない。世の中には一定数、こういった層が存在する。とやかく言われたくないからこそ、ユニクロで買ったTシャツにジーンズというごく普通の格好をしていたのに。

 ユニクロのTシャツでだめなら一体何を着たらいいのだろうか? 例えば身長の高い女性が真剣な発言をしているときに「背が目立ちすぎて内容が入ってきませんw」などと言えるだろうか?

 こういった類いの言葉は、よくある男性からのセクハラよりもはるかに私を傷つけた。「太っていて申し訳ないですw」と私は返信した。

 ともあれ、記事の公開は有意義だった。この記事がきっかけで松原の高校時代の後輩が仲間入りすることになったのだ。彼はチョウさんと呼ばれる優秀なエンジニアで、優しい人で、とにかく開発スピードが速かった。そしてそんなチョウさんを慕う元職場のエンジニアが2名――、いつか宇宙に行くと公言しているiOSアプリエンジニアのコウさんと、穏やかな笑顔の奥に熱意を秘めたアンドロイドアプリエンジニアのカズキさんも新たに仲間に加わって、私たちは完璧なチームになった。

 全員年上で、技術者への尊敬の気持ちもあり、私は自社の社員というよりも彼らのことを先輩みたいに思っていた。彼らにがっかりされたくない、優秀だと思われたい気持ちがあり、常に少し緊張していた。

 我々は顔写真で相手をジャッジする既存のマッチングアプリに対抗すべく、あえて顔を半分隠してその分、本人のプロフィールを充実させ、人工知能で親和性が高い相手を表示するようにした内面重視型マッチングアプリを開発した。

 私はたった半年間の元広告代理店社員の知識を活用して各メディアにプレスリリースを送り、アプリは複数メディアで話題になった。

 ユーザーは急速に増えていった。事前に招待した知人ではない、本物の1人目のユーザーがアプリに現れたとき、私たちは歓声を上げて拍手をした。うれしそうな我々の様子を、カズキさんは写真に撮った。西新宿の小さなオフィスは、高校時代の文化祭の前日がずっと続いているような空気感に包まれていた。

文/関口 舞

※【第11話】「2度目の資金調達」へ続く。