加賀美からのアドバイスを受けて、徹夜でサービスのバイラル施策を考えた私。松原にそれを提案するが......

※【第14話】「道玄坂を抜け出して、オフィスに駆け込んだ」

 渡辺さんから「神崎さんと連絡がつかないのですが、どこにいるのかご存じですか?」と電話があった。

 渡辺さんは神崎が紹介してくれたエンジェル投資家で、広尾の大きなマンションの最上階に住み、ヴィオラが趣味の元大企業の創業期CFOだ。私たちは以前そこに訪問し、「私が理解できる分野ではないのでやめておきます」と即座に出資を断られていた(※参照:【第11話】「2度目の資金調達」)。

 「僕だけでなく他の株主も、神崎さんと連絡が取れなくなったと言っているんです。最近会ったりしましたか?」

 「あれから会っていません。私のほうでも連絡してみます」

 「お願いします」

 渡辺さんの声からは若干不穏な空気があった。私は心配になって急いで神崎に電話をしたがやはり出ない。フェイスブックメッセージでも連絡しておいた。

 「どうしたんだろうね。具合でも悪いのかな。まあ大丈夫でしょ」松原が眠そうに言った。

西新宿のカフェ
西新宿のカフェ

 眠いのは私も同じだ。加賀美と飲んでオフィスに向かい、あれから徹夜になってしまった。私たちは西新宿のカフェにいた。脳の芯がぼやけるような根本的な眠気を感じながらも、目だけがぎらぎらと冴えている。私は熱いコーヒーを飲み干した。

 「で、新しい案ってのは?」。目をこすりながら松原が言う。

 「アプリのバイラル施策を考えてきた。コアコンセプトである内面マッチングを体現するような」

 「マッチングアプリはバイラルしないでしょ」

 「そこが問題だったんだけど、これならいけると思う」

 今朝思いついた案で、まだ冷静に検討できているとは言い難かったからこそ自信があった。私は自分の作品を発表するみたいに緊張しながら紙を広げた。それはプロフィール作成サービスだった。

 「『前略プロフ』って、昔流行ったでしょ? サイト上で、自分の自己紹介文を簡単につくれるようにしてあげるのはどうかなって」

 松原は無表情で紙を眺めている。私は興奮と緊張で少し声が震えていた。

 「プロフ作成サイト自体はアプリとは別の独立サービスにして、ログインも不要にする。もちろんサイトにはアプリへ誘導する導線を設計する。『このプロフィールを元に相性の合う人を紹介します』ってね。作成されたプロフがおもしろければ、それを人々はシェアしてくれる。人間って、自己紹介が好きだから。『私はこんな人間ですよ』と内容を自慢できるようなデザインにして……」

 「こんなの、何がおもしろいの?」。松原はキョトンとした顔で言った。

 「えっ」。私は心臓に何かが刺さるような心地がした。

 「別に否定しているわけじゃないよ。でも、正直言って、何がおもしろいのかなあって。単純にそこを論じたいだけだよ」

 「自己紹介に使えるようなサービスは常に一定の需要があると思うんだけど……」

 「それはユーザーインタビューの結果なの? それとも君の直感?」

 「私の直感」

 「そしたらユーザーインタビューをしてみなくちゃね。メインターゲットであるアラサーの女性を集めてさ」

 「そんなの意味ないよ。iPhoneが発売されたときの世界の反応を忘れたの? ユーザーは、自分が本当に欲しいものなんて分からない」

 「だけど君の直感だけで突っ走るのはなあ」

 「じゃあ何があったら信じられるの?」

 「さあ」

 松原は生クリームが盛られたワッフルを注文し、それをおいしそうに食べている。私も生クリームの部分だけ少しもらって食べた。甘すぎて逆に疲れるような味だった。松原はワッフルを全部食べ終わると、カフェラテを飲み干して企画書をもう一度見た。

 「はい、これ返す」

 彼はそう言うと、広げてあった企画書を、私のほうに雑に押し戻した。

新宿の夜
新宿の夜

 とぼとぼとオフィスに戻る途中で松原はビッグカメラに寄りたいと言い出し、カメラのコーナーを一通り眺めてから言った。

 「なつかしいなあ。高校生の頃にカメラを分解してスタンガンを作ったことがあるんだけど」

 「そんなことできるの? なんで?」

 「やってみたらできたんだよ。スタンガンを家のパソコンに当てて、データがどうやって壊れていくか検証してたんだ」

 「怖すぎる。なんでそんなことしたの」

 「実験だよ、実験。だって暇だったから」

 常人とは感覚が違いすぎる。楽しそうにカメラを物色する松原を見ながら、この人に企画を褒めてもらおうと思った私が間違っていたと気がついた。体から力が抜け、徹夜の疲れがどっと襲ってきて、その場で座り込んでしまいそうだった。

文/関口 舞