(1)人をラベルで見るようになる

 私が使っていたマッチングアプリは、一覧画面から「顔写真、年齢、職業、年収、居住地、学歴」が分かるようになっている。だからどうしても目に入ってしまうのだ。顔が、職業が、年収が。

 彼らと何のストーリーも共有していないフラットな状態で、一般人とジャニーズが並んだら、そらジャニーズをかっこいいと思うだろう。年収400万円と年収1200万円が並んだら、そら1200万円を魅力的に思うだろう。

 リアルで出会うならば、私はその人の「生きざま」に恋をする。美醜や、年収ではない。その人が持つ情熱や紡ぐ言葉、自他への優しさや厳しさ、社会を見つめるまなざしに恋をする。(顔の好みはリアルの出会いでも多少影響するが、最優先ではない)

 例えば好きになった人に離婚歴があったり、精神疾患があったり、リストラに遭っていたとしても、私なら「でも好きになっちゃったし。それも含めてあなただもんね」と考えようとするはずだ。人は誰しも何かを抱えているし、私にも人に知られたくない弱い部分があるからお互いさまだ。

 プラスを知っていれば、マイナスも飲み込める。でもマッチングアプリでは、「マイナス」を打ち消す「プラス」が見えづらい。プラスは一緒に時間を共にしながら、その人を好きになる過程の中で見えてくるもの、そしてゆっくり自分の中で育まれていくものだから。

 普段、ライターとして「人をラベルで見てはいけません」などという記事を書いているのに、いざ実生活となると、将来有望なグッドルッキングガイを選びたくなっている自分が許せなかった。単にアプリのUIのせいなのか、人をジャッジする潜在意識のせいなのかは分からないが、なりたくない自分に向かっていることだけは分かった。これが理由の一つ目だ。

(2) 仕事のように、効率を求め始める

 マッチングアプリの多くは、互いに「イイネ!」を送り合うことで、メッセージのやりとりが可能になる。マッチングすると、こんなやりとりから始まる。

 「マッチングありがとうございます! 自分は○○といいます」

  ――こちらこそありがとうございます!私はマリエといいます。

 「お仕事は何をされてるんですか?」

  ――フリーランスのライターです。○○さんは?

 「××をしてします。フリーってかっこいいですね(^^)」

  ――フリーは楽しいですよ。××ってどんな仕事なんですか?

 と、こんな具合だ。ほぼ同じやりとりを、マッチングした数だけやる。30回、いや50回くらいは同じやり取りを繰り返しただろうか。効率化が好きな私は、スマホの入力設定で「こ」と打つと「こちらこそありがとうございます!」と予測変換ができるようにし、「ふ」と打つと「フリーランスのライターをやっています」と出てくるように設定していた。

 しかし私はそもそもテキストコミュニケーションがマメなタイプではなかったため、マッチングからデートに至るまでのやりとりが結構しんどかった

 例えば、相手から「そうなんですね!」とだけ返信がくると、(いやいや、クエスチョンマークで返そ。キャッチボールしよ)と内心イライラしたり、いつまでも会う予定を決めずダラダラメッセージのやりとりを続けていると、内なる声が「不毛……!」と叫び声を上げたり。しびれを切らしたように私から「で、いつ空いてます?」と尋ねたものだ。

 なんなら、プロフィールの文章のままならなさにも萎えてしまう。リアルで出会っていれば、文章力なんてその人をジャッジする判断材料にもならないのに。なまじ文章を仕事にしていしまっているせいで、「てにをは」などの違和感に身体が過剰に反応し、赤字を入れたい衝動に駆られた。

 ――あるとき、はたと気付いた。完全に仕事モードになっていたのだ。「自分が付けたイイネ数」「デートに行った数」「2度目以降のデートの数」をKPIに、行動量を友人と報告し合う。初めてデートに行く相手を「ご新規」と呼び、2度目以降の相手を「既存」と呼んでいた。生身の人間との交流を定量データにしてしまうなんて、なんと失礼なことか。

 考えてみたら、「効率の悪さ」こそが恋愛の醍醐味だ。2回目のデートに誘おうかな、ううん、やっぱり誘われるのを待ちたい、といった煮え切らなさ。気になる人のSNSをくまなくチェックしてしまうつれづれなる時間。それらの行動に「好き」という感情は染み出ていたはず。

 効率を求める自分が、いかに嫌な女になっているかに気付いたとき、やめ時かもしれないなと思った。

次のデートに誘おうかな? やっぱり向こうからの連絡を待とうかな……。こうした「煮え切らない思い」も恋愛の醍醐味のはずでは? (写真はイメージ)
次のデートに誘おうかな? やっぱり向こうからの連絡を待とうかな……。こうした「煮え切らない思い」も恋愛の醍醐味のはずでは? (写真はイメージ)