そうした感性を育んだのは、家庭環境によるところも大きい。医師の父と専業主婦の母のもとに生まれた興津さんは、4姉妹2番目。姉は先天性の心臓病を患っており、幼少期から入退院を繰り返し、若くして亡くなった。興津さんは小さな頃から祖父母の家に預けられ、小学生のときは放課後に姉の入院する病院に行って宿題をしていた。闘病は姉にとっても大変だったが、支える家族にとってもつらい日々だった。

 「ある日、母が『病室にお花があると癒やされるね』と言ったんです。姉もお花があると喜んでいました。私も、コンクリートの隙間から懸命に咲くタンポポの強さにいつも感動していて。次第に、自分の中で花の持つ力を意識するようになっていきました」

「大切な人を助けたい」と医学部へ進学

 やがて将来の進路を考える時期になり、闘病を続ける姉の姿を見ていた興津さんは、「大切な人を助け、病気を治せる人になりたい」と医学部への進学を決意。地元に近い国立大学の医学部に入学した。

 大学では内分泌代謝の研究室に所属し、研究に没頭。海外の学会にも出席し、現役の臨床医発表者が多い中で、脂肪細胞に関する論文で表彰されたこともある。プライベートでは高校の同窓会で同級生と再会し、交際をスタート。学業にプライベートに、順風満帆で多忙な毎日を送った。

 卒業後は関西の研究所に就職。そして、社会人2年目のとき、東京で働いていた彼から「結婚しよう」とプロポーズされた。

 「遠距離恋愛だったので、転職活動をしていたのですが、結婚後はまず二人の生活を整えることが大事だと思ったんです。すると突然、彼から『やっぱり結婚するのはやめよう』と言われたんです