「先生になる」以外の選択肢がなかった

 「それまでは、小さな頃から私にとっての『仕事』は『学校の先生』になることでした。それしか知らなかったし、先生になるのが当たり前だった。でも、幅広い分野で活躍する経営者と話をするうちに、自分が先生になるのなら、子どもたちにたくさんの『選択肢』を示せる先生になりたいと思うようになりました。

 現在の日本の教員数は約100万人。見方を変えると、100人中99人は、先生以外の仕事に就いているんです。それだけ多様な仕事が世の中にある中で、自分は『先生』という仕事を通して、どんなことをどうやって、子どもたちに伝えていけるだろうか、と深く考えるようになっていきました

 そして、金谷さんは、大学4年生のときに2度目の海外渡航を決意する。今度は、テクノロジーの最先端を学ぶために、米国のシリコンバレーに向かった。

シリコンバレーに渡航した理由

 「シリコンバレーに行ったのは、いろいろな分野で活躍する経営者に『テクノロジーの世界の最先端だから、行ったほうがいい』と言われたから。その時に、ITを学んでいれば、きっと将来自分が役に立てる人になれると思ったんです」

「経営者との出会いがきっかけで、シリコンバレーに行きました。日本の教育業界にもテクノロジーの波がくることは、当時の僕は半信半疑でした」
「経営者との出会いがきっかけで、シリコンバレーに行きました。日本の教育業界にもテクノロジーの波がくることは、当時の僕は半信半疑でした」

 「教員志望が多い学芸大学の中でシリコンバレーに行こうとする人は、自分以外に誰も見当たらなかったですね(笑)。ホームステイをしながら、現地のスタートアップ企業で、見習いをしました。かばん持ちとして商談についていったり、採用活動を手伝ったり。渡航前は、スタートアップの世界では、アプリを1つ開発しさえすれば事業が伸びていくんだというイメージがありましたが、実際、そんなことはありませんでした。人がいて、現場が動いて、地道に泥臭く課題を解決して事業は伸びていく。IT分野の中にもアナログで対応する大切さも感じました。アプリ一つで一点突破できるわけじゃない。このことは後から自分が起業するときに役立ちました」

 そして帰国後、大学で教育を学ぶ中で、金谷さんは、一つの壁にぶつかった。