教員になって実感する大きな壁

 「学校の現場に入り、最初はなぜか、『懐かしい』という感情に浸りました。でもすぐに、危機感を覚えたんです。『懐かしい』というのは変わっていないということだ、と。例えば、民間のIT企業だと、情報の共有がチャットで行われているのに対して、学校はほとんど紙の回覧板で回ってくるんです。コミュニケーションの取り方も授業のスタイルも、私が学校に通っていたときと同じアナログのまま。しかも、それが先生たちの時間を圧迫して、本来使うべきことに時間が使えなくなっていました。楽しい授業をつくりたいのに、どうしてもその時間が取れないもどかしさを感じたんです

 子どもと関わる以外の雑務に忙殺される中で、先生たちがもっと仕事をしやすく、価値を高める方法はないのかと悩んだ金谷さん。一方で、ベテランの先生との差にも圧倒された。

ITで教員の可能性は広がる

 「子どもの褒め方一つでも、ベテランの先生は表現方法をたくさん持っている。例えば、姿勢の指導においても、ベテランの先生なら『肩がしっかりそろっているね』『首が前に出ていないからきれいに見えるよ』など、子どもに伝わる言葉がどんどん出てくる。その褒めるスキルは、子どもたちとの人間関係をつくっていくときに本当に重要なんです。先生になりたての私は、言葉が全然出てこない。学校現場は、経験値でスキルの高さが決まるんだなと実感しました。一方で、ベテランの先生が培ってきた経験やスキルをシェアして若手の先生を育てたり、若手のフレッシュな意見でベテランの先生も価値観をアップデートしたりという関係性が教員間でつくられていなかったんです。

 ベテランの先生の経験やスキルを若手の先生にシェアすることにITを使えば、可能性はぐっと広がるんじゃないか若い先生たちのその課題意識やアクションがしっかりと業界のアップデートに反映されるコミュニティになっていってほしい。そう強く思いましたね。同時に、私自身も自分のスキルを高めたいと必死でした

 一度、民間企業を経験したからこそ、気づきがたくさんあり、提案もしてみた。ただ、その多くが受け入れてもらえなかった。

無駄を省くことへの理解が得られなかった

 「例えば、全部手書きで書いていた通知表は、PCを使って過去のデータを活用すれば、負担は激減します。会議室や教室の予約も手書きの紙を回すのではなく、エクセル表にまとめればいい。そうやって気づいたことを提案してみましたが、若手の先生には伝わるけれど、ベテランの先生にはあまり伝わらなくて……。ITを活用して効率化することへの理解が当然今よりなかったですし、そもそも、子どもたちのために『時間を使ってなんぼ』という独特の業界カルチャーがあり、生産性を上げて無駄を省いていくことへの必要性を感じてもらえなかったんです。ITには愛がない、目が悪くなる、引きこもりにつながるという意見もありました」

「学生時代、つまらないなと思う授業がありました。だから自分は楽しい授業をつくりたかったのですが、生産性を上げきれなくて、同じ思いを生徒にさせてしまいました」
「学生時代、つまらないなと思う授業がありました。だから自分は楽しい授業をつくりたかったのですが、生産性を上げきれなくて、同じ思いを生徒にさせてしまいました」

モヤモヤした20代

 「私がここで折れてしまうと、私より若くて優秀な熱意がある後輩たちがこの状況に絶望してしまうんじゃないか、と引くに引けないところもあったりして、理解をしてもらえないベテランの先生と衝突してしまうこともありました。

 ベテランの先生からしたらまだ何もできないのにこんなことを考えている若手なんて、生意気ですよね。いじめられることもありましたよ(笑)。どうすれば自分は役に立てるのか、自分の居場所はどこなのか、自分はどう生きていけばいいのか、分からない時期が長くて、20代はこれまたずっとモヤモヤしていました

 そして、3年半で小学校の先生を退職した金谷さんは、テクノロジーを活用して教育業界のアップデートを図りたいという大きなビジョンを持って、起業の準備を始めることになる。

 後編へ続く

取材・文/齋藤有美(日経xwoman doors) 写真/北山宏一