羽を伸ばせるってこういう感覚なんだー

 20歳で上京してからも、新宿二丁目にはなかなか近寄ることができなかった。

 「二丁目にはきっといろんなセクシュアリティの人が集まっていて居心地がいいだろうなって気になってはいたの。でも行かなかった。居心地が良過ぎて、抜け出せなくなるだろうなって怖かったから。カミングアウトをしていない自分からしたら、あそこはキラキラし過ぎていて、『彼らの仲間になりたい自分』と『それでも普通にこだわろうとする自分』の間で揺れていたかな」

 このときHiroさんが気にしていたのは「2つの縁」。1つは、Hiroさんが同性愛者であることを知る数少ない人たちとの縁。もう1つは、昔からの友人たちとの縁。後者ではHiroさんは彼女がいる異性愛者ということになっていたので、一方に嘘をつきながら2つのコミュニティを行き来する自信がなかった。

 「カミングアウトをするまでは、正式に彼氏がいたこともなくて。初めて彼氏ができたのもカミングアウトをした後だったし、その後でようやく二丁目に足を踏み入れることができたんです」

 背中を押してくれたのは、日本テレビの『月曜から夜ふかし』。当時働いていたイタリアンバルを盛り上げるため女装をしていたHiroさんは、路上で偶然にも同番組の取材クルーに出くわす。その日は女装2日目、運命のいたずらのようなタイミングだった。

 何をしているのかというインタビューで、「普段は男性姿のゲイだが、今は仕事のために女装をしている」ことを説明する。

 取材が終わってから「ヤバい、全国ネットだからみんなに言わないと」と気付いたHiroさん。取材から放送までの2週間のうちに、Instagramで自身がゲイであることを告白した。

 「自分のセクシュアリティに嘘をつく生活が限界だった。だからどこかできっかけを探していた部分があったのかもしれない。取材クルーに『カットしたい部分があったら言ってね』と言われていたんだけど、いい機会だからと思って『カットしなくて大丈夫。全部流してください』ってお願いしたんです」

 カミングアウトを受けての周囲の反応はさまざまだった。6割くらいは「分かってたよ」「やっと言えたんだね」といったもの。3割くらいは「全然知らなかった」「話してくれてありがとう」といったもの。残りの1割は「もうエイプリルフール終わったよ?」といった反応だった(投稿した日が4月2日だった)。

 誰一人、ネガティブな言葉を投げかけてくる人はいなかったという。

 「羽を伸ばせるってこういう感覚なんだーって思った。もうこれからはカムフラージュで女性と付き合わなくてもいいし、好きな男性に好きと言える。25年間の肩の荷が一気に下りて、安堵感に包まれました」

 けれどもすぐに言えなかった人もいる。両親だ。