セクシュアリティを言わなきゃいけない時代

 カミングアウトは、Hiroさんにとってブレイクスルーポイントになったが、友人や客からカミングアウトについて相談されるときは、慎重に答えるようにしている。カミングアウトは全員にとっての「万能薬」ではないからだ。

 「僕はカミングアウトできない苦しさも、カミングアウトをした後のつらさも分かるから、安易に人に勧めたりはしないかな。というか、結構シビアに考えている。例えば、カミングアウトしていないゲイのお客さんに対して、むしろカミングアウトは重要じゃないんだよってことを伝えたい

 セクシュアリティを明らかにすることが「善」として捉えられ過ぎていないかと、Hiroさんは危惧する。言う自由もあれば、同じくらい言わない自由だってある。

 「カミングアウトっていう言葉自体が嫌いなんだと思う。どうしてそんなに辛い思いをしてまで、セクシュアリティを言わなきゃいけない時代なんだろうって。日本では同性愛というものがまだ珍しいから、今は当事者が声を上げなければいけない段階なのかもしれないけど、性のことで苦しんでいる人に『カミングアウト』っていう一辺倒な解決策に導きたくないんだよね」

 ミス・ポセイドンは、身の上話をするときにはいつも「私はそうだったけど、うのみにしないでね」と伝えている。同性愛者だからといって、カミングアウトがすべてじゃない。異性愛者にとっても、結婚がすべてじゃない。燃えるような愛ではなくなっても、別れることがすべてじゃない。

 「ミス・ポセイドンと話した人が、夜寝る前に『あのデカいドラァグクイーン、あんなこと言ってたな』って思い返してもらえたらいい。唯一の答えにしか導かないような、楽なアドバイスはしたくないの。その人自身が自分らしく生きられるように、自分で答えを見つけてほしいんだよね」

取材・文/ニシブマリエ 撮影/窪徳健作