「日本で同性婚は無理」だ。ほんの5年前は誰もがそう思っていたのでは。けれどもこの5年で、世の中は少しずつ、けれども着実に変わってきています。ドラマや映画ではセクシュアルマイノリティが自然に描かれ始め、お隣の台湾ではアジアで初めて同性婚が合法化されました。この潮流を幸せな気持ちで眺めながらも、どこかで「LGBTではない自分がどこまで踏み込んでいいんだろう」と遠慮する気持ちがありました。今回は、ライター・ニシブマリエが当事者ではない立場から見たLGBTムーブメントについて語ります。

2019年6月に訪れた米国ロサンゼルスのプライドは、性別も肌の色も関係なく盛り上がる「みんなの祭り」のようだった
2019年6月に訪れた米国ロサンゼルスのプライドは、性別も肌の色も関係なく盛り上がる「みんなの祭り」のようだった

 私がライター人生で初めて書き上げた記事は「LGBTフレンドリーはおせっかい?」というタイトルのもの。2016年、会社員をしながら休日に通っていた「編集・ライター養成講座」の修了制作として執筆したインタビュー記事だった。

 テーマも取材対象者も自由に選べたのだが、私はセクシュアルマイノリティについて書くことにした。私は今のところ異性が好きで、身体と心の性が一致しているので、SOGI(Sexual Orientation Gender Identity:好きになる性別と自分が認識する性別、「ソジ」などと読む)においてはマジョリティ。なぜこれをテーマに掲げたのかを思い返してみると、たぶん胸に引っかかることがあったからだと思う。

「びっくりさせてごめんね」なんて言わせてごめんね

 私が「ゲイ」という存在を初めて知ったのは、小学生の頃読んでいた漫画『ご近所物語』の一節だった。えっ、同性を好きになる人がいるんだ、とビックリした。その頃LGBT(最近はLGBTQ+などさまざまな表現があるが、ここではLGBTで統一)なんて言葉はなく、ゲイやレズビアンという名称よりも、残念ながら「ホモ」という言葉のほうが小学生には広く知られていた。

 私は異性愛者として生きてきたので、中学でも高校でも女の子がいう「好きな人」は当然男の子だと思っていたし、大きくなるにつれて同性愛者の存在を知っても、いることは知ってるけど遠い存在だった。

 だからビックリしてしまったのだ、身近な人がカミングアウトしてくれたとき。というか、最初言っている意味が分からなかった。あれは、2010年の出来事。

 ずっと男性と付き合っていると思っていた女友達が、女性と付き合っていた。

 今思えば至ってシンプルな事実なのだが、そのときの私は混乱した。「え、じゃああのときのアレは? こないだまで異性と付き合っていたよね? それは一時的なものなの? え、どういうこと???」。彼女らの恋愛遍歴も知っているつもりだったから、辻つまを合わせるかのように質問攻めしてしまったのだ。理解できていない様子の私を見て、友人は「ビックリするよね、いきなりごめんね」と謝った。

 この言葉がズンと胸に響いた。ごめんねなんて言わせてごめんね。

 友人がどんなに勇気を振り絞って話してくれたか。「レズビアン? バイセクシュアル? だから何?」くらいの姿勢ででーんと構えていられたら、彼女らはもっと生きやすくなったかもしれない。

 そのときの後悔があったからか、セクシュアリティは私の中で無視できないテーマの1つになった。知識があったら、私はもっとやさしく話を聞けたかもしれない。