ミス・ポセイドン誕生秘話

「ドラァグクイーンはもう一人の自分になるためのツール」と話すHiroさん
「ドラァグクイーンはもう一人の自分になるためのツール」と話すHiroさん

 「女装とドラァグクイーンって、僕の中では別物なんです」と話すHiroさん。「女装」をするときは、一般的な女性と同じようにナチュラルな美しさを目指す。一方の「ドラァグクイーン」では、女性的な美をデフォルメして過激に表現しているという。アイラインはダブルラインと呼ばれる舞台メイクのようになるし、眉毛の描き方やファンデーションの濃さなども全くもって違う。

 Hiroさんは、ゲイを公言するよりも前に女装を始めていた。

 「カミングアウトするちょっと前、赤羽のイタリアンバルで店長として働いていたんですね。そこで深夜営業を始めるに当たって、客寄せのために尖ったことをすることになりました。いろんなアイデアを考えようとしたけど、どうしても導き出される答えが1つになっちゃうんですよ。それが女装でした。美容学校を出て、美容師として働いていた時期もあったから、メイクのスキルがあったんです」

 昼はイタリアンバル、夜は「オネエバー」としての営業が始まった。その2日後に、日本テレビの『月曜から夜ふかし』の取材クルーに偶然出くわす。

 クルーに「オネエ歴はどれくらい?」と聞かれ、「えーっと、2日目」と答えたHiroさん。続いて「初めて女装した自分を鏡で見たときはどうだった?」と聞かれると、食い気味に「(ギリシャ神話の)ポセイドンだった」と返した。

 こうして「ミス・ポセイドン」が生まれた。

 「取材が終わった後で、あ、ヤバい、これ全国ネットだから皆に言わないとって気付いて(笑)。それで開き直ってカミングアウトをすることになりました。きっかけをくれた『月曜から夜ふかし』さんには感謝しています。今見るとさすがに女装歴2日目だから、化粧も下手くそでブサイクだな~と思いますけどね」

東京レインボープライドでドラァグクイーンに出会う

 それから約1カ月。2018年のゴールデンウイークに、Hiroさんは人生で初めて「東京レインボープライド」に参加した。それが初めての、女装姿での外出でもあった。

 「めちゃくちゃ緊張した。女装をしてヒールを履いて電車に乗るのも初めてだった。こんなふうに周囲から見られるんだな~って」

 しかし会場に着くと、自分と同じような人たちがたくさんいた。そして女装の中でも、ひときわ輝いている集団が見えた。

 「すごい発色のウィッグを着けて、原形をとどめないほどの派手なメイクをしている人たちがいる。なんだこの人たちは、と思いました。それが初めてのドラァグクイーンとの出会いです」

 以来、Hiroさんは新宿二丁目に通うようになった。ドラァグクイーンのいろはを教えてくれる師匠のような存在ができ、ウィッグの着け方から眉毛の潰し方、ドラァグクイーンとしてのパフォーマンスなどを学んだ。

 「ドラァグクイーンていうのは、ゲイの中でも本当に少数派。今でこそNetflixで『ル・ポールのドラァグ・レース』っていう番組が人気になってきたけど、日本だと特にドラァグクイーンってなかなか出会えない存在。だから僕もロールモデルにしている人は特にいなくて、自分に似合うメイクや衣装を研究しながら、自己流でやってきました」

 ドラァグクイーンは、出費もかさむ。ウィッグは安くて4000円前後で、分け目を自由に変えられる人工皮膚のものだと7000円から1万円ほど。人毛100%のウィッグとなると質はいいが、3万円から8万円ほどする。

 ミス・ポセイドン自慢の5kgのおっぱいは、Amazonで4万円で購入したそうだ。

 「最近の私たちの悲しいニュースは、FOREVER21が撤退しちゃったこと。あそこはドラァグクイーンにとって天国だったんですよ。コスパが良くて、とにかく派手。ファストファッションは他にもあるけど、ビビッドピンクとか蛍光イエローとか、あの元気な色合いは他になかったから」

ミス・ポセイドンが働く「在龍」にて。左はインタビュアーのニシブマリエ
ミス・ポセイドンが働く「在龍」にて。左はインタビュアーのニシブマリエ