山下弘子さんに密着取材

 友人に彼女のブログを教えてもらい、読んだときには衝撃を受けました。治療の真っただ中にありながら、「すべてのことに意味がある」「ありがとう」と前向きな言葉が並んでいる。私には考えられないことでした。どうしても直接会って、なぜそんなに前向きになれるのか話を聞きたかった。ブログ経由でメッセージを送ると、「アジア放浪の旅をしていて、今、関西国際空港に戻ってきたばかりです」と反応がありました。がん治療中なのにアジア放浪? それだけで驚きましたが当時の上司に許可を取り、翌日すぐに会いに出かけました。

 闘病中でありながら好きなことをして自然に笑って、「がんに人生を支配されていない」山下さん。絶対に彼女の生きざまを伝えたいと強く思いました。つきっきりで取材し、まとめた映像を放送するとその反響は予想以上に大きかったです。

 その後も彼女とは富士登山をしたり、宮古島に旅行に出かけたりと公私にわたっての交流が続きました。彼女は「死ぬ気がしない! 80歳まで生きる」と言う一方で、「今日が最後かもしれない」とも話し、今を大切に丁寧に生きる気遣いの人でした。だから最後に緊急入院したときも目を覚まして「驚かせてごめんね」と笑って言ってくれると信じていました。

記者の目線で闘病中の自分を振り返る

 彼女に教えてもらうことはたくさんあったのですが、闘病時代の自分と向き合うきっかけももらいました。特番を作ることになり、がんを経験した記者の視点で彼女のどこを特別に感じているのか、二人のやりとりも含めて描こうという話になったのです。そして私の闘病中の映像も流すことになりました。実は記者という立場から「いつか何かに使うかもしれない」と先輩が私の闘病中の様子を撮影してくれていたんです。

 そこで初めて当時の映像を見直すことになるのですが、本当につらい作業でした。「死にたい」と泣き叫んでいるシーンがあったかと思えば、自宅マンションから飛び降りようとしているシーンまで残っていて、当時の絶望的な気持ちを思い出しました。

 しかもショックだったのは、番組の編集担当者が作業をした後の映像を見るとつらいシーンがカットされずにそのまま残っている。「こんなの絶対に出さないで」と涙ながらに訴えましたが、「記者の目線で見たら、これを流さない選択肢はあるか?」と問われ、自分の中でふに落ちました。それに、この映像を見てさんざん泣いたことで、つきものがストンと落ちたような感覚があり、ようやく自分の過去を引き受け、がんになった自分を受け入れることができたと思います。

自分の映像を見て、「ようやく過去を受け入れられた」
自分の映像を見て、「ようやく過去を受け入れられた」