ギャル雑誌『Ranzuki』の専属モデルとして活躍していた鎌田安里紗さんは、雑誌の移籍を経て、自然環境や生産者に配慮した服飾品を企画する「エシカルファッションプランナー」に転身しました。シフトチェンジの裏側にあったのは、大量消費を前提としたファッション業界への疑問。かつては渋谷109で最先端のトレンドを着こなしていた鎌田さんに、「エシカルファッション」に引かれた訳を聞きました。

前編 鎌田安里紗 ギャルだった私が「エシカル」を選んだ理由 ←今回はここ
後編 鎌田安里紗が考える 「自分らしさ」の研ぎ澄ませ方(Coming Soon)

一晩で金髪に ギャルに目覚めた中学時代

 私は中学卒業まで徳島県に住んでいました。小学生の頃はおしゃれに関心があったわけではなく、どちらかというと目立たない服を好んでいました。人並みにファッション誌などには目を通していましたが、よりファッションに興味を寄せるようになったのは、6年生のときに東京への家族旅行で訪れた「渋谷109」だと思います。

 折しもその時期はセール中で、ビル内は大混雑。呼び込みのため声を張り上げる店員さんや、人気のショップを目指すお客さんの波にもまれました。圧倒されつつも、その活気に心が躍りました。一番印象に残っているのは、エスカレーターの天井が鏡張りだったことです(笑)。

 ギャルに目覚めたのは、中学に進学してからのことです。2年生のとき、ドラッグストアでブリーチを買い、実家の浴室で髪を金色に染めました。個人的に「金髪ってかわいいな」と思って、まつげにビューラーをかけるのと同じような感覚で染めただけだったんですが、周囲の人々が仰天しているのを見て「あれ、もしかしてダメだった?」と驚きました。

 勉強が好きで授業も真面目に受けていた分、学校の先生も複雑な気持ちだったと思います。高校では、そこに関して迷惑をかけないよう、外見に関する校則がない学校を目指そうと決意。北海道から沖縄まで、インターネットで自由な校風の進学校を探し、両親に頼み込んで東京都立の高校を受験しました。上京はファッションのためというよりも、自分の自然なあり方を守るためだったと思います。

渋谷109の活気に魅せられた経験を語る鎌田さん