海外に向けて日本の商品や訪日観光のPRとマーケティングを手掛けるiNTO(東京・港)の代表取締役を務める小松崎友子さん。もともとPRの仕事をしたいと思いながらも、新卒で入った英会話学校では営業職で経験を積んだ。「本当にやりたいこと」を実現するためにキャリアチェンジをした経緯、そして独立するまでの軌跡を聞いた。

前編 日本と海外の架け橋、会社で実現できず独立 ←今回はここ
後編 震災でゼロになった仕事を必死に取り戻した

埋もれている才能を伸ばす仕事がしたい

 私は、サラリーマンの父と、専業主婦だった母のもと、ごく普通に育ちました。小学生や中学生の頃は大人と接する機会がほとんどなくて、知っている職業が教師か、ドラマで見る警察官か弁護士ぐらいで、自分の世界以外の仕事を知らずに育ちました。将来を考えた時、「最も尊いことは何か」を考えたんです。

 その時、頭に浮かんだのが「世の中に埋もれている才能を見つけて伸ばし、発信していくこと」でした。今は日の目を見ることがなくても、本当は大きな力を持っている存在がたくさんあるということを、小学生くらいの頃から意識していました。そうした存在にスポットを当てる仕事がしたい。今振り返ると、それを形にできる仕事はたくさんあるのですが、その時は「教師」としか思わず、大学では教育学部に進学しました。

 大学時代は、映画が大好きだったので映画サークルに入っていました。サークル活動では、自分で脚本を書いて撮影をして、監督をして……と、真似事で映画を作っていました。その活動の中でいろんな大人たちと出会い、話をしていくうちに、私がやりたいことは教師以外であることに気が付いたんです。

 「世の中に埋もれている才能を見つけて伸ばして発信していくこと」は、PRや広告宣伝などと呼ばれていて、広告代理店がしていることだと教えてもらいました。それをきっかけに「PR・広告宣伝」の仕事に興味を持ちました。

新卒入社で営業職、「客の心をつかむ経験」が糧に

 「PR・広告宣伝の仕事がしたい」――。やりたいことははっきりしていましたが、私が就職活動をしていた2000年は超が付くほどの就職氷河期で、「今年の新卒採用は実施しません」という企業ばかりでした。周りには起業や独立する友人も多かったですね。

 そんな中、唯一内定をもらったのが英会話学校の営業職です。他に選択肢がなかったので仕方なく入社しましたが、今振り返ると、ここが社会人最初の会社で本当によかったと思っています。

 英会話学校での仕事は、主に新規顧客の獲得。一般のお客さんを相手に約30万円のレッスンを販売するのはとても大変でした。ですが、「どうしたらお客さんの心をつかむことができるか」徹底的に考える力を養えたことは貴重な財産になりましたね

 どうしたら生徒さんが楽しく学校に通い続けられるかを一生懸命に考えました。受験生や社会人などさまざまな人がいたのですが、相手は何を求めているのかを細かくヒアリングして、それに応えられるよう努力しました。TOEICや留学のため勉強されている生徒さんには、目標を共有して勉強の進捗状況をチェックして励ましたり、サークルのような雰囲気を求めている生徒さんに対しては、スクールが楽しい場になるように季節に合わせたイベントを企画したり。英語を教える先生のモチベーションを維持するために、「○○さんが先生のことをこんなふうに褒めていましたよ」と伝えたり、自分にできることはすべてやりました。

生徒さんがどうしたら楽しく通えるか。英語を教える先生のモチベーションをアップさせるにはどうしたらいいか。自分にできることを考え、すべてやりました