とがっていた20代を経てディレクターとして頭角を現した貝塚文(あや)さん。女性の心をつかむ大ヒット製品を次々と世に送り出しました。仕事にまい進する中、プライベートでは人生の荒波にもまれたことも。つらい時期を乗り越え、再び飛躍するきっかけとなったのは、あるボランティアへの挑戦でした。

前編 パンクでロックな20代、自由の果てに得た仕事
後編 貝塚文 結婚、離婚、プチ鬱…「自分の人生に飽きた」 ←今回はここ

ディレクターの重圧から逃げ出したくなった日

 化粧品メーカーのアートディレクターと言うと、「キラキラしてそう」「楽しそうでいいな」と思われるかもしれませんが、実際はコツコツと取り組むことが多い仕事。陰でめちゃ努力しているんですよ。1つの製品を世に出すまでには、企画からマーケティング、ターゲット決め、プロダクト・パッケージデザイン、販売戦略の立案まで試行錯誤の連続。早くても半年から1年以上かけて形にしていくのです。だから製品はすべて自信作。胸を張ってユーザーにお届けできると言えるのに、力が及ばず悔しい思いをしたことは何度もあります。

 例えば、2017年にスタートしたスキンケアブランド「NOMAMA(ノママ)」の閉鎖が決まったとき。このブランドもターゲット決めからプロダクトデザイン、成分までこだわりぬいて生み出したものです。デビュー時にはECサイトで瞬く間に人気製品となり、手応えを感じていました。

終売が決まった「NOMAMA」。パッケージ、品質ともに自信作だった

 さらにこの「NOMAMA」は日本パッケージデザイン大賞2019に入選。プロダクトもパッケージも高く評価され、大ヒットを見込んでいたんです。

 ところが、店舗で拡販するタイミングを逃し、売り上げは低迷。チームのテンションも下がってきてしまいました。それからは、負のループに陥り、「在庫はどうするの?」なんて声が聞こえてくると、逃げたい気持ちになりました。1年間、地道にあらゆる手段を講じましたが立て直すことができず、終売が決まりました。

 「デザインだけやっていれば、こんな悔しい思いをすることはなかった」と何度も思いました。

 今、振り返ると「NOMAMA」の主な敗因は販売戦略にあったと思います。まだ悔しい気持ちはありますが、自分の不得手を再認識したことで、プロジェクトチームの在り方や運営方法に課題を見つけることができたと思っています。