n-3系脂肪酸は妊婦のうつや生まれた子のIQにも関与?!

 一方、“心の健康”という側面からn-3系脂肪酸に注目するのは、東京大学大学院医学系研究科准教授の西大輔さんだ。

 海外では、魚介類摂取量が少ないほど産後うつになりやすい(※4)、妊娠期にn-3系脂肪酸摂取が少ないと子どものIQが低くなるといった報告がある(下グラフ)。

妊娠時の魚介類摂取量と8歳時の子どものIQが相関
妊娠時の魚介類摂取量と8歳時の子どものIQが相関
米国で1万1875人の妊婦の妊娠32週における魚介類摂取量を調査し、生後6カ月から8歳までの子どもの発達、行動、認知機能を評価。妊娠中の母親の魚介類摂取量が週340g未満では、子どもの言語知能指数(IQ)が低下するリスクが増加した。(データ:Lancet;369,578-585,2007)

 「妊娠期には、胎児の脳や骨髄、肝臓などの組織を形成するために、多量のn-3系脂肪酸が必要とされる。また、1回の妊娠で健常な母親の大脳の体積は出産までに約2~6%減少するという報告もある。n-3系脂肪酸は脳の重要な構成要素。精神の安定などのためにはEPAが、胎児の発達などにはDHAが特に重要だと考えている」(西さん)。

 近年、妊娠中や産後のうつが問題になっているが、この時期は服薬を希望しない人が多いため、「薬以外の対策が必要になる」と西さん。

 そこで、妊婦にn-3系脂肪酸(EPAとDHA)を3カ月間とってもらったところ、妊娠中期から後期のエストロゲン値が急上昇するタイミングにn-3系脂肪酸を摂取した群で、うつ症状スコアが下がった(下グラフ)。

n-3系脂肪酸摂取でうつ症状スコアが改善
n-3系脂肪酸摂取でうつ症状スコアが改善
台湾と日本のうつ症状のある妊婦108人を、1日1800mgのn-3系脂肪酸(EPA1200mg、DHA600mg)をとる群、オリーブオイル2880mgをとる群に分け、摂取前と12週後のうつ症状スコア(HAMD)を比較。被験者全体での有意差はなかったが、施設ごとに解析すると、エストロゲン値が高くなる妊娠21.7週から開始した25人の群では抗うつ作用を確認した。(データ:Psychother Psychosom.;88,2,122-124,2019)

 「うつ病の原因の一つとして、慢性的な神経の炎症が考えられている。n-3系脂肪酸の抗うつ効果は、EPAの抗炎症作用やn-3系脂肪酸がドーパミンやセロトニンなどの神経伝達物質に影響を与えていること、腸にも作用し脳腸相関に関与していることなどから説明できるのでは」と西さん。そして「研究から、妊娠を考える人には、妊娠前から妊娠前期は葉酸を、中期から後期はn-3系脂肪酸を積極的にとることを薦めたい」と話す。

 うつ予防にも、更年期以降の動脈硬化対策にも、油を見直しn-3系脂肪酸を意識してとることは重要だ。厚労省は「日本人の食事摂取基準(2015年版)でn-3系脂肪酸の目安量を成人女性1.6~2g/日と定めている。

 n-3系脂肪酸はサンマ、イワシなどの青魚に多い。外食時は刺身や焼き魚を選ぶなどでとる頻度を増やしたい。「アマニ油やエゴマ油をスプーン1杯ほど味噌汁やヨーグルトに垂らすのもいい」(西さん)。

※1 Atherosclerosis.;231,2,:261-7,2013
※2 J Exp Med.;211,8,:1673-87,2014
※3 Sci Rep.;5:9750,2015
※4 J Affect Disord.;69,1-3,:15-29,2002

取材・文/柳本操 イラスト/もり谷ゆみ デザイン/ディッシュ 企画・構成/黒住紗織(日経BP総研 ヘルシー・マザリング・プロジェクト

西大輔さん
東京大学大学院 医学系研究科 精神保健学分野 准教授
西大輔さん 九州大学医学部卒業。九州大学附属病院、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所室長などを経て2018年より現職。うつ病や不安障害などの予防に貢献できる研究に取り組む。
有田誠さん
慶應義塾大学 薬学部・薬学研究科 代謝生理化学講座教授
有田誠さん 東京大学薬学部卒業。理化学研究所生命医科学研究センターメタボローム研究チームチームリーダー。脂質やその代謝物を解析するシステムを確立、その生理機能を分子レベルで解明する。