「ごめんね」より「ありがとう」

 誰でも、職場や社外の人間関係に関する悩みや、自分の能力に対する自信が揺らぐ瞬間があるだろう。「定時」が描く「あるある、こういうこと。いるいる、こういう人」という共感は、たくさんの人に取材することから生まれた。時には自らの一部を登場人物に投影することも。

『わたし、定時で帰ります。』ウェブサイト。あらすじやお知らせなどが掲載されている。ファンメッセージも読める(書き込みは終了)。2019年11月6日にDVD&Blu-rayが発売。DVD-BOX(2万900円、税抜)/Blu-ray BOX(2万6400円、税抜)発売元:TBS 発売協力:TBSグロウディア 販売元:アミューズソフト(C)2018 朱野帰子/新潮社 (C)TBS/TBSスパークル
『わたし、定時で帰ります。』ウェブサイト。あらすじやお知らせなどが掲載されている。ファンメッセージも読める(書き込みは終了)。2019年11月6日にDVD&Blu-rayが発売。DVD-BOX(2万900円、税抜)/Blu-ray BOX(2万6400円、税抜)発売元:TBS 発売協力:TBSグロウディア 販売元:アミューズソフト(C)2018 朱野帰子/新潮社 (C)TBS/TBSスパークル
ドラマあらすじ
 『定時』は朱野帰子氏の小説が原作のドラマで、ウェブ制作会社に勤める32歳の女性・東山結衣をめぐる物語。結衣は「必ず定時で帰る」を信条としている。同僚には、仕事をだらだらとして帰らない男性エンジニアやすぐキレる新入社員、自らの価値観を崩せず後輩に当たる女性ディレクターなどがいる。上司には残業を織り込んで部下に仕事をさせる部長が登場する。さらに、かつての婚約者だった副部長、ライバル会社に勤める今の恋人が交錯して怒濤(どとう)の展開を見せる。最終回に近づくにつれ、やむにやまれぬ案件を抱えて、自身の信条に反して残業するようになる結衣の姿がリアルに描かれた。

 セリフは、新井さんが今まで関わってきた人や他社の会社員への取材、アンケート調査結果の中から、引用してつくった。例えばワンオペ育児に奮闘する賤ケ岳(しずがたけ)さんという女性が登場する回がある。彼女の夫が介護のため一時的に帰郷してしまうのだが、しばらくしてふいに戻ってくる。ふたりの結婚記念日だったのだ。

 「このシーンで、(夫の)洋介さんが賤ケ岳さんにバラの花を渡し、『ありがとう』と言います。このシーンをつくるときに、男性スタッフに結婚記念日は何をしますか、と聞きました。すると一輪のバラの花をあげますっていう答えなんですね。ほかにも奥さんに何て言うのかを周りに聞くと、『ごめんね』かと思っていたら、多くの人が『ありがとう』って言うんだと分かったんです

 仕事はたいへん、育児は手助けしてもらえない。時間にも、体力にも限界がある。夫の「ありがとう」が賤ケ岳さんの心を溶かし、その後彼女は休職という大きな決断を下す――という場面だった。

 新井さんが、自身の一部を投影したキャラクターがいる。それが、主人公が働く部署に、デザイナーとして登場する桜宮さんという女性。飲み会が苦痛にならず、誘われれば参加する元気なキャラクターだ。クライアントに気に入られ、次第に自分の意に染まないことを強要されて苦しむ。

 「最初は、飲み会が苦痛なのに、誘われたので仕方なく参加するという人を設定しました。でもそれはよくある話。一方自分のことを考えてみると、私は飲み会がぜんぜん苦痛じゃない。そういう人がいてもいいのではないかと考え、自分を参考にして彼女のキャラクターをつくりました

 こうしたリアルな状況やキャラクター設定が視聴者の心をつかみ、ドラマの紹介サイトに設けられたファンメッセージの掲示板には、毎回ものすごい数の書き込みがあったという(現在1600件ほどが残る)。

 新井さんは視聴者のコメントに一つひとつ目を通した。「普通ファンメッセージは『面白かった』『(俳優が)かっこよかった』という短いものが多いんですが、『定時』に関しては一つひとつが長いんですよ。ドラマを見てくださった人が、『今まで帰りたかったのに帰りづらかった。もうすっぱり帰ります』とか、『会社を辞める決断をした』、『一歩踏み出そうと思った』とか書いてくださって……。ご自身のことを変えるきっかけになったのだと感じました」

「定時で帰れても帰れなくても仕事を楽しんでやっている人がかっこいい、と思います」
「定時で帰れても帰れなくても仕事を楽しんでやっている人がかっこいい、と思います」