母の視点で中学生の息子の日常をつづったエッセー『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で一躍注目を浴びた英国在住のライター、ブレイディみかこさん。一体どんな経緯で英国に渡ったのでしょうか。

前編 30歳で決断した「英国永住」 ←今回はここ
後編 人生は直感でうまくいくと思い込む

 日本人の母とアイルランド人の父を持つ、英国在住の少年。裕福な家庭の子が多いカトリックの小学校で生徒会長をしていた「いい子」が、“ホワイト・トラッシュ”と呼ばれる白人労働者階級の子どもが集まる「元・底辺中学校」に入学。そこで彼が出合ったのは、人種差別や貧困など、ありとあらゆる社会問題。ある日、彼の部屋に入った母親が偶然見つけたノートには「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」という走り書きがあった――。

 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』という耳に残るタイトルの本は、差別や貧困、いじめ、英国の経済問題など、一見難しいテーマを、ときにユーモアを交えながら鮮やかに描写し、まるで青春小説を読んでいるかのような爽やかな読後感が印象的です。書店員が投票して選出する「第2回 Yahoo!ニュース│本屋大賞 ノンフィクション本大賞」(2019年11月6日発表)など、優れた著作に与えられる賞に輝いています。

 英国在住歴は20年以上になるというブレイディさん。ライターとして音楽関係や英国の経済事情に関する本を出版する一方、英国で保育士資格を取得して託児所で働いていたこともある多彩な経歴の持ち主です。「音楽好き」が高じて渡英した女性が、なぜ保育士になり、本を出版するに至ったのか。そのきっかけやこれまでの歩みを伺いました。

ブレイディみかこさんのプロフィル
ブレイディみかこ 保育士・ライター・コラムニスト。1965年福岡市生まれ。県立修猷館高校卒。音楽好きが高じて渡英を繰り返し、1996年から英国在住。日系企業で勤務したのち英国で保育士資格を取得、「最底辺保育所」で働きながらライター活動を開始。2017年に新潮ドキュメント賞を受賞し、大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞候補となった『子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)をはじめ、『花の命はノー・フューチャー』(ちくま文庫)、『ヨーロッパ・コーリング――地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)など著書多数。

ウインクした入国審査官に「私は日本へ帰らない」予感

日経doors編集部(以下、――) 最初に英国に行ったのはいつごろだったのですか?

ブレイディみかこさん(以下、ブレイディ) 1986年だったかな。英会話学校に籍を置きながらバイトして、半年たってお金がなくなって帰国して1年半くらいバイトをしてお金をため、また渡英して1年滞在して。そうこうしているうちにアイルランドの人を好きになって、アイルランドに行ってロンドンに行って……たぶん、5~6回行き来していました。

 3年間ほど地元の福岡で落ち着いていた時期もありましたが、そのうちに、30歳が近づいてきて。今思えば、30歳なんてひよっこなんですが、20代の頃は「ああ、もう30歳か……」って思いがあったんですよ

 30歳を迎えるに当たってこの先どうしたいかを考えたとき、やっぱり日本にはいたくないと思いました。私生活でもまあいろいろあって、とりあえず今いる場所から逃げ出したいというのもあったし、今度はフラフラしないで、ちゃんと働いてちゃんと英語を勉強しようと。「さっさと見切りをつけて逃げる」という行為は、私の人生では常にプラスに働いています