誰のための医療? 患者の気持ちが置き去りに

 現役の医師である宋さんは「そもそも、医療は誰のためにあるのか」と警鐘を鳴らします。宋さんが医師を目指すことを決めた時、周囲からは「医者の嫁じゃなくて、医者なの?」と聞かれたのだそう。宋さんは、ジェンダーギャップと同様に貧富の差にも目を向けます。

 「現状では、めちゃくちゃ頭がいいか、めちゃくちゃお金持ちでないと医師になれません。実は首都圏には国公立の医学部が4つしかありません。私立の学費は、6年間で4000万円に上るともいわれています。ほんの一握りの成績優秀層に、富裕層、それに加えて男性となると、医師は選ばれし者しか就けない職業になっているのです」(宋さん)

 「一連の議論で強い違和感を抱いたのは、医療を受ける側の気持ちが置き去りにされていること。働く側の都合ばかりで、患者にとって誰に診察されるのがベストかという議論が全くされていません。『強者オブ強者』ばかりの医療現場で、果たしてみんなにハッピーな医療は提供できるのでしょうか? 医師と患者のマッチング問題も顕在化しています。一人の医師が合わなくても、多様な人材がいれば誰かはハマるかもしれない。社会では多様性が叫ばれているのに、それを動かす側には多様性がないという矛盾があるんです」(宋さん)

「今回の一連の議論からは、患者の視点が抜け落ちている」と指摘する宋さん
「今回の一連の議論からは、患者の視点が抜け落ちている」と指摘する宋さん

 次に話題は医師の働き方にまで及びました。医師が激務であることは万人の知るところですが、そもそもその働き方を変えるべきだとの意見も。

 小島さんは「従来の医師と同じように働くことができない女子はシャットアウト。時に体力・気力の限界まで働かなければならない選択肢しかないことが、男女に関係なく、医師を不幸にしているような気がします」と言います。

 宋さんは「女性医師が増えることを懸念する男性医師も、男女共同参画社会のことは理解しているはずだ」と指摘します。

 「それでも現実問題、同僚の女性医師が妊娠すると、現場の医師は『向こう1年は当直が増えそうだな』と負担を受け入れなければならない。しわ寄せが周りの医師に来ることを必要以上に問題視するつもりはなくても、実際、それくらい医療現場はしんどい。だからそういう考え方が必要悪になってしまっているのかもしれません」(宋さん)

 「男性医師は奴隷のごとく働き、女性医師の多くはドロップアウトする。過去はこの二択しかありませんでした。現在、一部ではフリーランスで活動する医師もいるようですが、副業やフリーランスが活発になっている社会全体ほど、医療業界はまだまだついてこられていない」(宋さん)

 小島さんは言います。「ソリューションの一つとして、子育て世代の医師が家事代行やベビーシッターといったサービスをもっと使うようになれば、医師の働きやすさが増し、多忙度もいくらか解決できるかもしれません。しかし、もっと広い視野で言えば、保育士不足から来る保育園問題にまで、議論は発展します。男性も女性も、緩く働きたい医師の受け皿があってもいいと思うのですが、病院側が医師を増やしてワークシェアするのは難しいのでしょうか」

 「病院は、思うほど利益率がよくない」と、宋さんは病院の財政面にある課題も指摘します。「一般的に、医師は高給取りだと思われがちですが、長時間労働をしないと平均的な給与を得ることはできません。緩く働いて定時退社、という民間のホワイト企業を誰より羨ましく思っているのは医師かもしれません」