1. 日経xwomanトップ
  2. doors
  3. 20代のワタシに言いたかったこと
  4. 多部未華子・荻上直子 大事なコトは現場に転がっている
  5. 3ページ目
20代のワタシに言いたかったこと

多部未華子・荻上直子 大事なコトは現場に転がっている

15歳から仕事を始めた多部さんと、27歳まで大学院に通っていた荻上さんが、お互いのキャリアを振り返って思うこと

10年、20年続ければ、面白いことが待っている

「自分が想像した以上のものが形になっていく感じがすごく面白い」と、映画作りの魅力を語る荻上直子さん
「自分が想像した以上のものが形になっていく感じがすごく面白い」と、映画作りの魅力を語る荻上直子さん

荻上 国内の大学を卒業した後、1994年にアメリカに留学して、映画製作を学びました。30過ぎまで親のすねをかじりまくっていたわけです。

 28ぐらいのときに初めて自主映画を撮り、「PFFスカラシップ」の選考に通って、デビューしました。それまでは「映画監督になりたい」と漠然と思っていただけだったのですが、最初の自主映画を撮り終わったときに「これ(映画を作ること)、好きだな」って思ったんです。そして「商業的に成功しなくても、自主映画でも何でもいいから、一生映画を作っていこう」と思いました。だから今でも、同じことを10年、20年続けていけば、きっと、その先に面白いことがあるんじゃないかなって思います。

―― 映画を撮ることのどの部分に、特に魅力を感じますか?

荻上 私、すごく飽きっぽくて、それまでいろいろやって全部飽きちゃっていたんです。でも、自分の書いた脚本を見て、カメラマンさんや照明部さん、美術さん、音声さん、俳優さんたちが自分が想像した以上のことを提供してくれる瞬間があって。想像以上のものが、だんだん形になる感じがすごく面白くて、「これが映画作りの魅力だな」と思います。

―― 映画の前にはどのようなことをされていたのですか?

荻上 高校から始めていた写真です。大学でも写真を専攻していました。でも、自分よりいい写真を撮る人がいっぱいいたので(笑)、興味が写真から映像のほうに移って、アメリカに留学することにしました。

―― 最初から南カリフォルニア大学大学院という超本場に飛び込むという勇気がすごいなと思います。

荻上 どうせ後で学び直すことになるのであれば、最初から「この道の一番」と言われているところに行ってみたらいいかな、と。日本にも映画の学校があったのですが、外国に出てみたかったということもあって。

―― 語学面はオッケーだったんですか?

会員登録で記事クリップやキーワードのフォロー、
My doorsの設定が可能になります