日経doorsのエンタメ連載「学校で教えてくれなかったこと。」では、20代、30代の人たちにおすすめの映画やドラマなどのエンタメ作品を月替わりでご紹介します。まずは春にぴったりな映画をどうぞ。

 映画コラムニストの榎本志津子です。春はなにか新しいことにチャレンジしたくなる季節。でも、一歩を踏み出すには、ちょっと勢いが足りない……。そんなとき、あなたの背中をそっと押してくれる映画を2作品、ご紹介します。

「あの頃の自分」を思い出す レディ・バード

 1本目は、2018年のゴールデングローブ賞で作品賞と主演女優賞を受賞し、アカデミー賞では6部門でノミネートされた「レディ・バード」

 2002年のカリフォルニア州サクラメントで高校に通う17歳の女の子が大学進学を決めるまでの物語なのですが、この主人公が「アタシって、ちょっとみんなとは違うの」という、自己顕示欲丸出しのイタいタイプで、自分の本名であるクリスティンという名を嫌って 「レディ・バード」と名乗るような子。

 「映画のストーリーだし、他人事でしょ、私はこんなにイタい子じゃなかったし」。そう思いつつ見ていると、じわじわと心の隅にある「高校生だった自分の姿」が掘り起こされるのです。

 放課後、ファストフード店でおかわり自由のホットコーヒーを何杯も飲んで、友達と何時間も笑い合っていたこと。

 一つ言えば10を分かってくれると思っていた友達と、ささいなことで仲違いしてそのまま卒業してしまったこと。

 今見るとひどくダサい格好をしていて、「個性的」になりたかったのか変な髪形なのにめちゃくちゃ楽しそうに笑顔を振りまいている写真の中の私。

 大好きな彼との初めてのデートの帰り、最悪のタイミングで迎えに来た父。制服のスカート丈が短いだの、成績が下がってきているのに遊んでばかりで大学はどうするのかと怒り狂う母の顔……。

 全く同じことは起こっていなくとも、あれっ、レディ・バードってわたしのこと? 少なくとも「私、この感情知ってる」と、いつの間にか「あの頃の自分」を思い出し、重ね合わせて共感しきり

 娘を嫌っているわけではないのに不器用な態度しか取れない母親と、思春期真っただ中で自分のことしか見えないレディ・バード。大人になった今、私たちは、母親という生き物が完璧ではないし、大人は当時自分が考えていたよりもずっと不安定で感情的であるということは、身をもって知っています。

 だからこそ、レディ・バードだけでなく、母親の気持ちも痛いほど伝わってくるし、衝突する二人に寄り添う父親や、先生や、兄とその恋人など、手を差し伸べようとする大人たちの姿も心にしみ入ります。映画を見終わったら、きっと、家族や古い友達に電話をかけたくなるはず

 ストーリーの面白さもさることながら、注目はレディ・バードの二番目の彼氏、カイルを演じたティモシー・シャラメ! ギリシャ彫刻かと見まがうほどの美しさ、そこからくり出される訳の分からない美意識のミスマッチの絶妙な面白さ。とんでもなくカッコいいのに、かなりヤバい彼をぜひご堪能ください。