2019年冬、中国・武漢から始まった新型コロナウイルス感染症の猛威は、みるみるうちに世界中へ広がり、2020年4月現在も収束する気配はありません。政府から緊急事態宣言が発令され、不要不急の外出を控え、なるべく自宅で過ごすように言われている今、ぜひ皆さんに見ていただきたい映画『コンテイジョン』をご紹介します。

まるで今の世界のよう…

 映画『コンテイジョン』は、SARS(重症急性呼吸器症候群)の流行後、2011年に制作された作品。新種のウイルスが世界中に広がり、人々がパニックに陥る様子が描かれます。設定や状況が現在とかなり似ていて、ネット上では「9年前の作品なのに、今を予言しているかのようだ」と、改めて話題になっています。ただ、作中のウイルスはコロナウイルスと違い、感染力と致死率が非常に高い。潜伏期間は短く、せきや頭痛、発熱の症状が出始めると、あっという間に悪化して死に至る非常に恐ろしいウイルスなのです。

 これに対してCDC(米疾病対策センター)やWHO(世界保健機関)の職員たちが、全くの未知の状態から、ウイルスの起源や正体を突き止め、ワクチンを開発しようと奮闘します。しかし、その間にも感染者や死者は増え続け、恐怖にかられた市民は、少しでも症状があると病院に押しかけ、デマに扇動され、暴動や強盗を起こします。

 それぞれの思惑が交錯する中、CDCやWHOの人々がウイルスを克服しようとする闘いもスリリングなのですが、私はデマを流すブロガー、アラン(ジュード・ロウ)から目が離せませんでした。

 アランは、「レンギョウ」という薬草がこのウイルスの特効薬であり、自分もこれで治ったとブログへ投稿、一気に注目を集めます。これを見た人々は、レンギョウを求めて薬局に行列を作り、品薄で手に入らないと知ると、暴動を起こしますが、レンギョウがウイルスに効くというのは、科学的根拠が全くない悪質なデマ。

みんなが不安と恐怖と怒りを抱えている

 鑑賞したのが半年前だったら「こんなデマに扇動されて、暴動が起きるなんて野蛮(笑)」と鼻で笑っていたところですが、マスクやトイレットペーパーを我先にと奪い合ったり、「コロナにはお湯を飲めばいい」「納豆やアオサが効くらしい」といったデマがSNSやメールを通じて流れてきたりした今、全く笑えません。

 ブログが注目され、承認欲求が満たされたアランは、どんどんエスカレート。「死者の数が増えすぎて手に負えないから、正確な数を隠蔽している」「CDCはワクチンで大もうけしようとしているから、レンギョウに効果がないと言っている」といった数々の陰謀論を唱えます。世の中に感染者と不安が増えるのに比例して、ブログの読者も増加し、カリスマ性を帯びていきます。

 今の私たちの状況も、もしかしたら、アランが言い放つデマに翻弄されている映画の世界と大して変わらないのかもしれません。この先1カ月どころか、1週間、3日後のことさえ分からず、なんの見通しも立てられない不安。今まで便利に暮らしてきた日常が、脅かされる恐怖。何か信じられるものが欲しいときに、「これが効く!」とか「今の過酷な状況は××の陰謀によるものだ!」と断言してくれる存在は、とても魅力的で正しく見えてくる。

 ウイルスに端を発して、人種差別やヘイトが顕在化したり、政府が正しい情報を開示していないのではないかと懐疑的になったり、今や、私たちみんなが不安と恐怖を抱えています。そうやって心の中に滓(おり)のようにたまった鬱屈は、怒りや妬みといった感情になって、自分を正当化した上でぶつけられそうな対象を探す。ウイルスの出現により、文明的、理性的だった人間が、どんどん粗暴になっていくのはとても怖いことです。