今までなにも意識せずにできていたことが、ある日突然できなくなってしまったら――。今回ご紹介するのは、ミュージシャンとして生きていた男性が聴力を失ってしまう物語、『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』。本作は、第93回アカデミー賞で作品賞を含む6部門にノミネートされ、そのうち音響賞、編集賞を受賞しました。Amazon Prime Videoにて配信中です。

当然のように「ずっとある」と思っていたものを失うということ

 恋人同士のルーベン(リズ・アーメッド/主演男優賞ノミネート)とルー(オリビア・クック)は、ふたりでバンドを組み、機材と楽器を積んだトレーラーで生活しながら、ライブツアーをして各地を回っています。お互いを支えあい、愛にあふれ、好きな音楽で身を立てる……そんなささやかな暮らしは、ルーベンが重度の難聴を患うことで一変してしまいます。他者との会話もままならないほど耳が聞こえなくなっているのに驚いたルーベンが病院を受診すると、落ちた聴力は戻らないし、聞こえを補助するための内耳インプラント手術は非常に高額であることと、これ以上悪化させることがないように、大きな音にさらされる生活をやめるよう医師に言われます。

 仕事にする/できるほど才能があるということは、音楽は間違いなくルーベンのアイデンティティーに直結しているし、恋人であるルーとの関係性も、バンドを組んでいることが大きな要素となっているはず。いわば、自分のすべてともいえる音楽ができなくなるという診断に、ルーベンはいら立ち、怒り、絶望し、荒れに荒れます。

 自分の根幹を成すものが、なくなる。それを受け入れることは容易なことではありません。私たちは生きていくうえで、いくつも大切なものを失っていきます。身体能力もそうですし、パートナー、家族、友人、慣れ親しんだ場所……。入学と同時に数年後の卒業が決まっている学校生活など、いつかはなくなる覚悟ができている喪失もあるけれど、当然ずっとあると思っていたものを、突然奪われるように失ったとき、そのことを受け入れるのはとても難しいものです。