私たちの毎日は忙し過ぎて、自分と自分の身近な人のことを考えるだけで精いっぱい。政治や、国が救うべき「困窮している誰か」について考えたりするには、あまりにも余裕がないのかもしれません。今回は、韓国の社会派エンタメ作品『タクシー運転手~約束は海を越えて~』を紹介します。

政治には無関心だった主人公だが…

 『パラサイト 半地下の家族』がアジア映画初のアカデミー作品賞に輝いたのは、2020年2月上旬のこと。その直後、世界的に広がった新型コロナウイルスによるパンデミックのショックが大き過ぎて、まだ半年もたっていないのに、ずいぶん昔のことのように思えます。

 今日はその『パラサイト~』でも卓越した演技を見せた名優、ソン・ガンホを主人公に据えた韓国の社会派エンタメ作品、『タクシー運転手~約束は海を越えて~』を紹介します。

 今からちょうどの40年前の韓国で、民主化を求める市民に対して軍が武力を行使して鎮圧した「光州事件(5.18民主化運動)」を基に描かれる本作。ソン・ガンホ演じるキム・マンソプは、最愛の娘がいじめられたら怒り、産気づいた妊婦が乗車したら病院まで最速で送り届け、しょっちゅう軽口をたたくようなごく普通のタクシーの運転手。

 身近な人々に思いを寄せることはあるものの、政治には無関心で、戒厳令に反対して民主化を叫ぶデモ隊を横目に「こんないい国に何の不満があるんだ?」と文句を言います。父ひとり娘ひとりの父子家庭で生活が苦しいマンソプは、高額の報酬を目当てにソウルから光州へと取材に入るドイツ人記者のピーターの運転手を務めることになります。