山口周さん「心に湧き上がる感覚大事に」

 鑑賞の後に行われた講演で、山口さんは、ビジネスパーソンにとってアート鑑賞がどんな意味を持つのか、鍛えるべき「5つの力」を提示しました。

鍛えるべき「5つの力」
(1)見る力
(2)感じる力
(3)言語化する力
(4)多様性を受容する力
(5)美を意識する力

 対話鑑賞では、最初にキャプションを読まずに作品だけを見ました。ここで「見る」ことはそうたやすくないのは、お分かりでしょう。同じ作品を見ても、他の人が自分と同じ部分に注意を払って見ているとは限らないのです。誰も気付いていないことを探偵のように見る力は大事で、そもそもその力がないと仕事をつくることができません。山口さんご自身は、見る力を鍛えるために、旅先などで、ササッとペン画をスケッチすることがあるそうです。

 また「感じる」に際し、山口さんは「(ある学者の仮説として)私たちは複雑な意思決定を理性と情動で行っています。絵を見たり音楽を聴いたりして心を動かすように意思決定をする。心の中に湧き上がる感覚は大事です。よりよい決定をするための1つの方法として絵画鑑賞は有効」と話します。

 対話鑑賞でルールとして出された「言葉にする」は、リーダーシップや組織を考えるうえで重要です。リーダーに必要なのは「徹頭徹尾、言葉です」(山口さん)。言葉で人を動かせない人は自分でやってしまう。すると効率が悪いのは自明のことです。リーダーに見えている「絵(ビジョン)」は他人には分からないので、言葉で説明する必要があるのです。「組織の能力を引き出す『言葉にできる能力』は今後、非常に重要になります」。

 さらに「他人の意見を否定しない」は、「多様性を受容する」ことにつながります。最後の「美意識」について、山口さんは「人の心を動かすのは、審美眼しかない。審美眼を鍛えるには、素晴らしいものに触れるしかないのです」と強調します。

山口さん(奥)の講義に真剣に聞き入るビジネスパーソンたち。右は参加者限定のテキスト。この日のためだけに作られた

美術鑑賞に高まる興味 20代からやっておくことは…

 東京国立近代美術館では、教育普及活動の一環として取り組んでいる講演会やギャラリートークで、鑑賞機会や学習機会を増やしています。例えば夏季にビジネスパーソンでも訪れやすい夜間開館時にプログラム「フライデー・ナイトトーク」を開く試みなどで、鑑賞プログラムの実施回数は2013年度に406回、参加者数7525人だったところ、2017年度には463回、1万4504人にまで増えています。人々の美術鑑賞に寄せる興味が高まっていると言えそうです。

 今回のプログラム参加者の1人、小俣荘子さんは「美術館には本物を見られる価値があります。今日参加したことで他の人との違いが浮き彫りになり、ユニークな自分の面があることを発見しました」と話してくれました。美術館によると参加後のアンケート結果には「正解のない感性への自信を、言葉に磨きをかけていくことにつなげて、組織のコミュニケーションの充実を図りたい」「対話鑑賞では、他者との視点のズレが、対立や衝突なしに意識化できた。他者の意見を尊重するこの方法を会議などでも導入できれば」というコメントが寄せられたと言い、参加者の満足度が高かったことがうかがえました。3時間が短く感じられ、気付けることは多そうです。

 最後に山口さんに、20~30代が今日のプログラムから学べることは何かを聞きました。「自分らしい自分でいられるために、いろいろ試してください。なぜある作品に引かれるのか、心が湧き立つのか、あるいはしみじみと落ち着くのかなどを感じることです。それには、不快、不愉快、居心地悪いや気持ち悪い、といった感情を手掛かりにするといいでしょう。自分が落ち着く、いい状態をつくることです」

 東京国立近代美術館によると、次回の「ビジネスセンスを鍛えるアート鑑賞ワークショップ」は10月後半を予定しているそうです(告知、募集は美術館のウェブサイト上で行う)。アートを鑑賞して感じることを言語化し、他者と対話するという体験をしてみては?

山口周(やまぐちしゅう)さん。独立研究者、講演家、パブリックスピーカー。電通、ボストン・コンサルティング・グループなどで戦略策定、文化政策、組織開発などに従事。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修士課程修了。ベストセラー『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』をはじめ著書多数。新刊は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』

取材・文/中川真希子(日経doors編集部)