『三日月とネコ』

「何かが足りない」と思ったときに

 見た目は勝手に大人になってどんどん年を重ねていくのに、中身は大人のふりをしているだけ。そんなふうに感じることはないだろうか。

 後輩や年下の前で、つい「知っている感」を出したとき。結婚も出産も恋もしていなくて「何かが欠けている」と感じるとき。誰もが日常のなかで感じる、小さな「モヤッと感」にスポットを当てたのが、20代男性、30代女性、40代女性という性別や年代の異なる3人とネコの共同生活を描いた『三日月とネコ』だ。同作は熊本地震後のリアルな生活を描いた『ひさいめし』で話題になったウオズミアミ氏が、「マンガ好きなオトナへ捧げる物語」として2018年5月から始めた連載。

 私見だが、最近は「ここで泣いて」「ここで笑って」みたいな、読者の感情を誘導してくる作品があふれているような気がする。そんな作品が悪いとは決して思わないし、エンターテインメントとしては面白いのかもしれない。でも、読者に寄り添ってはいないな、と思っている。

 『三日月とネコ』には、こうした「感情の誘導」が全く存在しない。ネコと3人の生活が淡々と描かれているだけだ。例えば登場人物がこんなセリフをやり取りするシーンがある。

 「無茶も失敗も未熟さも 若さとか可愛げで大目にみてもらってただけなんだなって」

 「何が問題って 僕がそれに気づかずどっぷり浸ってたってこと!」

 自分のことを若くて感じが良くて、「最強」だと思っていた29歳の男性が、自分の現実に気づく瞬間だ。このセリフに、思わずドキッとさせられた。

 見て見ぬふりをしてきた現実、感情。登場人物たちの心の動きやセリフが自分の感情と重なったとき、人は泣いたり、笑ったり、そして大いに考えさせられたりするのではないのだろうか。自分の感情を素直に言葉にした彼が、どんな選択をしたのか。ぜひ本書を読んで見届けてほしい。ちなみにネコ好きの間でも本作は「非常に上等なネコマンガ」と話題になっているらしい。ネコが好きな方は、ぜひ。

ウオズミアミ『三日月とネコ』(1) 790円(税抜)、徳間書店
ウオズミアミ『三日月とネコ』(1) 790円(税抜)、徳間書店

文/栗俣力也 構成/樋口可奈子

栗俣力也(くりまた りきや)
栗俣力也(くりまた りきや) 1983年東京・浅草生まれ。TSUTAYAレコメンダーPJプロデューサー兼TSUTAYA BOOKSTORE五反田店勤務書店員。通称「仕掛け番長」。
文庫、コミックジャンルにおいて多くの商品企画、イベントを手掛ける。
文庫プロデューサーとしてプロデュースした文庫は50タイトルを超え、累計発行部数200万部を突破。
著書に『マンガ担当書店員が全力で薦める本当にすごいマンガはこれだ!』『たぶん、出会わなければよかった嘘つきな君に(原案担当)』『たとえば、君という裏切り(原案担当)』など