あなたのための特別な本を、目利き力に定評があるカリスマ書店員が選びます。月替わりでおすすめ本を選んでくれる当企画の4回目は、東京・日比谷のHMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE店長・花田菜々子さん。夏の始まりにぴったりな2冊を選んでもらいました。

夏は「物語」が読みたくなる季節

 夏休みなんていうものがほとんどなくなった社会人になっても、夏はちょっと楽しみな季節だ。海やプールに行く、そんなベタなイベントがなくても、ベランダに出てビール片手にとうもろこしをかじるだけでも、十分に夏らしい気分を味わえる。

 ほかの季節より、「物語」を読みたくなるのも夏の特徴だ。ふだん本を読まない人も、帰省のタイミングで本屋にずらりと並ぶ文庫本を、ふと1冊手に取る人は多いのではないか。遠くへ行く電車に乗って、ひとり静かにページをめくる時間はなんだか特別だ。

 そんなときに読む本はあまり難しくないほうがいいし、没頭できるような面白さがあって、かつ、いつまでも心に残る余韻があるようなものがいい。

『しずかな日々』

人生でたった一回しかない、特別で最高な夏休み

 椰月美智子(やづき みちこ)さんの『しずかな日々』は、まさにそんな特別な一冊として読みたいような本だ。主人公のえだいちは11歳の少年。母子家庭に育ち、家でも学校でも覇気がなさすぎて皆から心配されている幽霊のような存在だ。しかし、新興宗教のようなものにはまっていく母と決別し、友達をつくり、田舎の家みたいなおじいさんの家で暮らすことで、初めて目が見開かれ、人生が始まっていく。

 人生でたった一回しかない、特別で最高な夏休みの様子を描いた物語だ。そこに描かれているのは単なるノスタルジーや安直な感動ではない。弱く優しいえだいちの心の揺れや、彼を少しずつ目覚めさせる美しい出来事の細やかな描写。自分にもこんなひとときがあったらどんなによかっただろうと思えるような、キラキラとまぶしい夏休みを追体験させてくれる。

 昔、プレステのゲームで、ただ夏休みらしい夏休みをシミュレーションで楽しむというソフトがあったけど、それに近いかもしれない。いや、もっと強く、もっとリアルに、心の中に夏のきらめきを残してくれる。読書のすごさを感じてもらえるはずだ。

 2006年の発売以降、入試に多用されたり児童文学の賞を取ったりしながら長く売れ続け、10代に強く薦められている本だが、むしろ、もう子ども時代に戻れない大人になってからこそ読むべき小説だと思う。

椰月美智子『しずかな日々』495円(税抜)、講談社