あなたのための特別な本を、目利き力に定評があるカリスマ書店員が選びます。月替わりでおすすめ本を選んでくれる当企画、今月はHMV&BOOKS HIBIYA COTTAGEに勤務している新井見枝香さん。新井さんに「夏の終わりといえば、何を思い出しますか?」と聞いたところ、「アイス」という回答が。話はそこから昔の恋人と行った動物園の思い出に広がり……。新井さんの思い出を追体験しながら、「読書の秋」してみませんか?

『アイスの記憶』

読めばよみがえる「アイスと昔の記憶」

 8月も終わりに近づくと、小学生のように夏が名残惜しい。何か夏らしいことをしておかねばと、無駄にあがきたくなるのがこの時期だ。とりあえずコンビニでアイスを買ってこよう。

 アイスという冷たくて甘いものを、人生で初めて口にした瞬間を覚えているだろうか。ベンチに座った小さな子どもが、なんとか自分で匙(さじ)を握って、恐る恐る口に運ぶ映像がTwitterに上がっていた。まずその冷たさに目を見開き、あっという間に消えたことで目を瞬き、口の中に残った甘い余韻に目をとろけさせている。

 その経験自体は、忘れてしまうかもしれない。でも、アイスが幸福な気分にしてくれたことは、大人になっても、じいちゃん、ばあちゃんになっても、舌が覚えていて消えないのだろう。年を取って食べ物が喉を通らなくなった私のばあちゃんが、ハーゲンダッツのバニラだけは、すいすい食べていた。アイスは心にも効く栄養食なのである

 修学旅行で訪れた牧場では牛乳味のソフトクリームを、近所にサーティワンアイスクリームができたら、母がおやつにキャラメルのアイスを買ってくれた。おこづかいをもらったら友だちと駄菓子屋でおっぱいアイスを買い食いしたし、風呂上がりにはぽっきんと割るアイスを兄と分け合ったりもした。

 そういう「溶けない記憶」が呼び起こされるアイスを、1冊の本にしたのが『アイスの旅』だ。著者の甲斐みのりさんは旅もアイスも大大大好きで、全国各地のアイスをライフワークのように記録している(なんてすてきなお仕事!)。

 広々としたイートイン席と駐車場まである古いアイス屋さんや、桜の開花とともに営業を開始する屋台アイス、その地方でだけなじみのあるレトロなアイス。味のあるエピソードとともに蒐(しゅう)集したアイスの本は、暑さをしのぐためだけではないアイスの楽しみ方を教えてくれる。もう少し涼しくなったら、食べたいアイスで行き先を決めた旅に出てみたい。

甲斐みのり『アイスの旅』1600円(税抜)、グラフィック社