『さよなら私のクラマー』

試合シーンに本が破れそうなほど手に汗握る

 2011年7月、FIFA女子ワールドカップ決勝、日本対米国。延長戦でも決着はつかず、試合はPK戦までもつれ込む。その結果、日本は大会初優勝を成しとげた。ちなみに、日本と米国のそれまでの通算戦歴は日本の0勝21敗3引き分けだ。

 世界ランク1位の米国に対する勝利は、日本を熱狂させ、なでしこジャパンは「世界一の女子サッカーチーム」となった。今でもこの試合を覚えている人は多いのではないだろうか。

 「女子サッカーに未来はあるのか?」

 女子サッカーの世界を描いたマンガ『さよなら私のクラマー』は、作品の中で何度もそう語りかけてくる。

 『ワンピース』の作者、尾田栄一郎氏が絶賛し、帯にコメントを寄せたことでも知られる大ヒット作『四月は君の嘘』を手掛けた新川直司氏がこの作者。新川氏は以前にも女子サッカーを題材にした『さよならフットボール』という作品を描いており、本作はその続編に当たる。

 『さよなら私のクラマー』の物語は意外なシーンから始まる。日本代表としてテレビに映る一人の女性。勝利インタビューのようだが、その顔に笑顔はない。彼女の言葉は喜びではなく安堵。負けてしまったら、日本の女子サッカーは「終わってしまうから」。

 世界王者となったものの、女子サッカーのプレー環境は決していいものではない。日本の女子サッカートップリーグの選手の多くは、今もアマチュアだ。

 とある高校の弱小女子サッカーチームに個性豊かな1年生が入学するところから物語は動き出す。悩みながらも明るく、サッカーに楽しむキャラクターたちに引き込まれ、まるで同じチームのプレーヤーの一人になったかのように錯覚する。試合のシーンは手が汗ばんで本が破けてしまうのではないかと思うほど握りしめてしまうし、ゴールが決まった瞬間には熱い感動の涙が込み上げてくる。

 楽しそうに跳ね回り、真剣に戦う彼女たちを見ていると、女子サッカーの世界が羨ましくなる。男であることを残念に思うほどに。

 『スラムダンク』『キャプテン翼』『弱虫ペダル』。いつの時代だって、大ヒットしたスポーツマンガには競技人口をも変えてしまう力がある。女子サッカーに未来はある。『さよなら私のクラマー』を読んでいると、そう思えてならない。

 スポーツにはその競技そのものや選手一人ひとりにドラマがある。私は内戦下を生き抜くオリンピック選手にはなれない。高校の女子サッカー選手にもなれない。でも、この2作品を読むことで、あたかもそれが目の前の現実であるかのような疑似体験ができる。

 この2冊でぜひ、スポーツを「読む」楽しみを味わってほしい。

新川直司『さよなら私のクラマー』1~10巻、472~495円(税込)、講談社
新川直司『さよなら私のクラマー』1~10巻、472~495円(税込)、講談社
栗俣力也(くりまた りきや)
栗俣力也(くりまた りきや) 1983年東京・浅草生まれ。TSUTAYAレコメンダーPJプロデューサー兼TSUTAYA BOOKSTORE五反田店勤務書店員。通称「仕掛け番長」。
文庫、コミックジャンルにおいて多くの商品企画、イベントを手掛ける。
文庫プロデューサーとしてプロデュースした文庫は50タイトルを超え、累計発行部数200万部を突破。
著書に『マンガ担当書店員が全力で薦める本当にすごいマンガはこれだ!』『たぶん、出会わなければよかった嘘つきな君に(原案担当)』『たとえば、君という裏切り(原案担当)』など

文/栗俣力也 構成/樋口可奈子