あなたのための特別な本を、目利き力に定評があるカリスマ書店員が選びます。月替わりでお薦め本を選んでくれる当企画。8回目はTSUTAYA BOOKSTORE五反田店の書店員で、数多くの書籍のプロデュースも手掛ける栗俣力也さんです。今回はスポーツをテーマにした2冊を紹介します。

 子どもの頃はサッカー少年、高校では剣道をやっていた私も、30代になってあまりスポーツをすることがなくなってしまった。今やサッカーボールも竹刀も身近なものではない。でも、ラグビー日本代表のワールドカップでの活躍を見るたびに心が躍り、なんだか体を動かしたくなってくる。

 「ルールが分からないからスポーツを見るのが苦手」という人も多いだろう。実は私もラグビーのルールはよく知らないが、それでも楽しく試合を見ている。たまに「そんなのはダメだ。ちゃんとルールを勉強しないと」なんて言ってくる友達がいるが、余計なアドバイスは、「右から左」。楽しみ方は人それぞれでいいと思う

 自分でやるだけではなく、見るのも楽しいのがスポーツの醍醐味。今回はさらに「読むこと」でスポーツを楽しんでもらえる2冊を紹介したい。

『バタフライ』

国を追われても、諦めなかったオリンピックの夢

 ユスラ・マルディニというシリアの競泳選手の名前を聞いたことがあるだろうか? この物語はシリア難民であるユスラが過酷な状況を乗り越えてリオデジャネイロ五輪に出場するまでの自伝だ。

 ユスラは1998年生まれ、現在21歳。父親の兄弟全員が競泳の選手で、父親もシリアの競泳代表だったという水泳一家に生まれた。歩くよりも先に泳げるようになったという彼女は、シリア代表として世界選手権などにも出場。400m自由形で国内新記録を出すなどの活躍を見せ、国の期待を背負った選手だった。

 しかし、オリンピック出場を夢見る彼女を待っていたのは、シリア内戦という過酷な現実だった。連日のように死傷者が報道され、多い日には1日1000人を超えた。彼女が泳ぐプールのすぐ近くの宿舎に爆弾が落ち、若いアスリートの1人が犠牲になったこともあった。ユスラの家も破壊され、追い詰められた彼女は姉とシリアを脱出することを決意する。

 「難民」。なんて重い言葉だろう。ユスラの目を通して伝えられる、シリア内戦の真実や国外脱出の過酷さ。たった17歳の少女がシリア難民として生活することは並大抵のことではない。しかし、物語はそこでは終わらない。彼女はそんな過酷な状況でも決して夢を諦めなかった。泳ぎ続けたユスラは、2016年に、ついに五輪に出場する。難民選手団の一員として。苦しい状況の中、夢をかなえたのだ。

 ユスラほどではないにせよ、誰にでも自分ではどうすることもできない困難が訪れる可能性がある。そんなときはこの本をぜひ読んでほしい。どんな困難も諦めることなく目標を追いかけるユスラの姿は、きっとあなたの背中を押してくれるはずだから。

ユスラ・マルディニ、ジョジー・ルブロンド『バタフライ』2090円(税込)、朝日新聞出版
ユスラ・マルディニ、ジョジー・ルブロンド『バタフライ』2090円(税込)、朝日新聞出版