あなたのための特別な本を、目利き力に定評があるカリスマ書店員が選びます。月替わりでお薦め本を選んでくれる当企画の9回目は、東京・日比谷のHMV&BOOKS HIBIYA COTTAGEに勤務している新井見枝香さん。肌寒くなって人恋しくなる季節に読みたくなる2冊を選んでくれました。

『さんかく』

塩むすびみたいに角が丸い、男女の三角関係

 お米屋さんで新米を買って、手鍋で一人分のご飯を炊いた。その蒸気が、ひとり暮らしの小さな部屋をほんの少し暖めてくれる。もしこの部屋に、ご飯を一緒に食べる人がいたら……などと想像してしまう秋がやってきたのだ。

 夏の間に何度か京都を訪れたが、今こそ、京都に行きたい。なにしろ京都は、秋から冬にかけてがいちばんおいしい。盆地特有の酷な暑さの中、冷酒片手にほわっほわの鱧(はも)を梅だれで味わう楽しみもあるが、鱧の終わりが松茸(マツタケ)の始まりと出会い、ちらしずしを丼ごと蒸した「蒸しずし」が始まったと聞けばもう、いてもたってもいられない。

 秋の京都といえば、かの有名な紅葉だが、これから紹介する『さんかく』は、なにしろ目次が食べ物の名前ばかりで、パッと見、お品書きにしか見えないほどだ。季節感は食べ物だけで十分伝わるだろう。

 京都の町屋(まちや)でひとり暮らしをする高村夕香は、会社勤めを辞め、自宅でできるデザインの仕事と、マイペースに営むていねいな生活に、心安らかな日々を送っていた。たとえ古い家屋に冷たいすきま風が吹き込んでも、今は人肌が恋しいときではない。炊きたての米を塩でむすんだ朝食をとり、誰にも気持ちを乱されず生きることを選択した。