31歳で乳がんを発症したデザイナーの中島ナオさん。髪があってもなくてもおしゃれを楽しめる「N HEAD WEAR」という帽子ブランドを立ち上げました。病を抱えながらの起業は怖かったけれど「形にするには君しかいないという一言が勇気をくれた」と語る、彼女のストーリーを紹介します。

中島ナオさん ナオカケル代表 QOLデザイナー
1982年神奈川県生まれ。東京学芸大学卒業後、空間デザイナーとしてメーカーに勤務し、その後、教育系NPO法人へ転職。2014年、31歳で乳がんを発症。治療を続けながら17年に東京学芸大学大学院美術教育専攻を修了し、教員免許(美術)取得。髪があってもなくてもおしゃれを楽しめる帽子ブランド「N HEAD WEAR」を立ち上げ、同年12月にナオカケルを設立。がん治療研究に寄付されるプロジェクト「delete C」の発起人のひとり。2020年、新発想のリラックスウェア「Canae」を発表。

未来を1秒でも早く手繰り寄せてがんを治せる病気にしたい

 「その時間が楽しければ、体調がよくなくても素直に『楽しい』が勝ってしまう。誰かと話して新しい何かを発見できることもうれしいです」。明るく笑顔が絶えない理由についてこう答えるのは、デザイナーの中島ナオさん。

 彼女が左脇のしこりに気づいたのは31歳のとき。進行性の乳がんで、ステージは3C。「自分の病状を知って頭が真っ白に。がんに対する周囲の見解がバラバラで何を信じればいいのか分からないなか、生存率などの数値は見ないようにしました」

 教育系NPO法人の研究員として多忙な日々を送っていたが、治療のため休職へ。そして5カ月後に母校の東京学芸大の大学院を受験し、翌春には大学院生に。「治療を続けながら忙しく働く姿が想像できず、限られた時間で収入が得られる大学の非常勤講師を視野に入れました。『作品を残し、自分らしさを表現する新たな肩書きを持ちたい』『社会とつながっていたい』という気持ちも募り、学生という立場がベストな選択でした」

 34歳の秋に転移が分かった。「ステージ4と言える病状で、また抗がん剤で髪の毛がなくなるのかと。でも視点を変え、デザインの力で今の状態を素敵に見せる帽子を作ればいいと考えました。脱毛やがん治療のイメージが変わればいいと

彼女の歯車を動かした一言

 しかし、病を抱えながらブランドや事業を立ち上げる覚悟が持てず、怖くて不安しかなかった。そんなとき、あるデザイナーの一言が、彼女の歯車を動かした。「『君の頭の中にあるモノを形にするのは、君しかいない』と言われ、自然に涙が流れました。言われたくなかったけれど、誰かに言ってほしい言葉だった」

 アイデアを形にするため無我夢中で走り始めた。貯金箱に入っていた5万5000円を資本金に、35歳の冬「ナオカケル」を設立。東京・台東区にある工房に商品化を相談し、髪の有無に関係なくおしゃれを楽しめるブランド「N HEAD WEAR」を立ち上げた。

中島さんがデザインした、気持ちが上がる新しい「頭のファッション」である帽子の数々。コットン素材の「C-LINE」(1万7000円・左上)、西陣織が美しい「F-LINE」(2万6000円・右上)。被る向きで印象が変わる「X-LINE」(1万9000円・左下)。右下は初期に作った1点もの
中島さんがデザインした、気持ちが上がる新しい「頭のファッション」である帽子の数々。コットン素材の「C-LINE」(1万7000円・左上)、西陣織が美しい「F-LINE」(2万6000円・右上)。被る向きで印象が変わる「X-LINE」(1万9000円・左下)。右下は初期に作った1点もの

 彼女が注力するもう1つの活動が、「がん治療研究」を後押しする「deleteC」プロジェクト。企業や団体が、社名や商品からCancerの「C」を消去してがんを治せる病気にしたいと意思表示し、消費者がその商品やサービスを購入。売り上げの一部が医学研究費用に寄付される。2019年2月、法人化に向けてクラウドファンディングで支援を募り、約160万円が集まった。

 「研究に莫大な費用がかかることは分かっています。でも、賛同してくださった方がいたから勇気を持って踏み出せました。みんなの力を集結したい。がんを治せる世界を1秒でも早く実現するために