文系卒、事務職OLからAIビジネスの社長になった相良美織さん。「『分からない』でも私の旗は立てられる」と語る彼女のストーリーを紹介します。

相良美織さん
1968年生まれ。フェリス女学院大学文学部英語英米文学科を卒業後、住友商事に入社。その後は、外資系証券会社などを経て資産運用会社創業に関わり、経営企画室長や投資先のITベンチャー取締役を経験。2010年、バオバブを設立。同時に2011〜13年に国立研究開発法人情報通信研究機構勤務。現在世界中にいる約800人の「バオパート」を束ねる。

文系卒、事務職。AI業界での起業

 理系のエリートがひしめくAI業界で、「文系卒、事務職からの起業」という経歴は異色。「今でもAIを100%理解しているわけではないです」。サラリとそう話すのは、AIベンチャー「バオバブ」代表の相良美織さん。

 彼女の元には大企業や研究機関からの依頼が後を絶たない。扱うのは、AI向けの学習データ。「コンピューターに学ばせる『質問と回答セット』のこと。例えば、トマトの収穫時期を予測する画像認識システムを作る場合、AIが熟したトマトの正解を導き出せるように、あらかじめ大量の学習データを読み込ませるんです」

 データを作るのは、国内外に800名いる在宅パート。PCの画面上でトマトの実を囲い、色の特徴をタグ付けする。この作業を簡単に行えるためのツールの開発や、パートのコーディネートを行うのが相良さんの役割だ。「AIはいまだに未知の部分が多い。だからこそ完璧に理解することに固執せず、曖昧なままでも進み、キーポイントを見極めるのが私のやり方です」

「小さな失敗」経験は毎日20個

 大学卒業後、一般事務としてキャリアをスタート。30歳目前で「若いからチヤホヤされていた」と気づき危機感から、働き方を模索。世界のエリートを見てみようとハーバード大のサマースクールに参加。「そこでの2カ月が人生を変えた。周囲の、『自分たちが世界を変える』という意識の高さに圧倒されました

 帰国後は、銀行や外資系証券で秘書や証券業務を経験し、多様な立場から全体を俯瞰(ふかん)するスキルを身に付けた。35歳のとき、資産運用会社に創業メンバーとして参加。出資先のITベンチャーに出向し、今のAIビジネスにつながる機械翻訳の仕事と出合った。

 しかしその後は激動の連続。リーマン・ショックで勤務先が身売りされたり、関わっていた国主導の事業が政権交代で白紙になったり……。荒波にもまれながらもAIの世界を泳ぎ続け、41歳のとき、起業を決意した。

 AIを学ぶために、会社を経営しながら情報通信研究機構に勤務。数回、運転資金の調達など苦労も味わったが、徐々に軌道に乗り、今や営業ゼロでも注文が引きも切らない状況だ。

 強さの理由は、さまざまな企業の立場も矛盾も理解した『ゼネラリスト』としての提案力と、失敗を恐れず突き進む力。「今も毎日20個くらいトライ&エラーを繰り返しています