「中に入った人が快適に動ける着ぐるみ」を製作する会社の代表、加納ひろみさん。「作り手が笑顔じゃないと人を笑顔にするものは作れない。だから温かい会社を目指した」と話す彼女のストーリーを紹介します。

加納ひろみさん
1960年生まれ、宮崎市出身。Appleでテクニカルサポート、コールセンターなどを統括するカスタマーサービス勤務を経て、98年ステージクルー(現KIGURUMI.BIZ)入社。2017年代表取締役就任。18年台北事務所開設。みやざき女性の活躍推進会議共同代表。宮崎県総合計画審議会委員。19年キャラクターデザインやプロモーションなどを行う新会社「あかくま屋」を設立。1男1女の母。

中に入った人目線の着ぐるみは注文殺到

 ゆるキャラブームとともに成長し、着ぐるみ製作で業界一の実績を誇る宮崎市のKIGURUMI.BIZ(キグルミビズ)。その社長を一昨年、夫から引き継いだのが加納ひろみさん。

 同社が製作した着ぐるみは2000体を超える。注文が殺到する理由のひとつは、動きやすさ。「従来の着ぐるみは見た目が美しければOKとされていたように思います。それでは自分が納得できず、中に入った人が快適に動けることにこだわりました」

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 内部の熱を逃がす換気ファンを着ぐるみに初めて取りつけ、脇の下に空気孔を開けた。手間を惜しまない数々の工夫が、飛び跳ねて走れる着ぐるみを可能にした。「いい着ぐるみ屋が宮崎にある」との評判は広まった。

作り手が笑顔じゃないと人を笑顔にするものは作れない

 思いを込めて製品を送り出す一方、残業ゼロ、有給消化率100%と働き方でも成果を上げた。昨年、経済産業大臣表彰「新・ダイバーシティ経営企業100選」を受賞。女性が働きやすい職場の先進モデルとして注目される。

 女性経営者として脚光を浴びる加納さんだが、歩みは平坦ではなかった。東京での専業主婦生活から一転、34歳で2人の子供を抱えシングルマザーに。学生時代に鍛えた英語力で外資系企業に入ったが、会社の移転時に受け入れ可能な保育園が見つからず退職。住居と職場の近さで選んだ転職先は、福島県奥会津だった。移住数年目、慣れない雪国暮らしで体調を崩す。その頃、宮崎で造形会社を営む夫との出会いがあった。

 故郷に帰って再婚し、造形美術の仕事を一から覚えた加納さんは、工場長として製作の指揮を執るまでに。折からのブームで着ぐるみの製作依頼が一気に増え、女性従業員を増やしたが、それでも追いつかないほど仕事量は増した。残業の多さから職場を去るスタッフが続出。

 「かつて自分も苦しんだように、育児や介護など、さまざまなものを抱えながら働く女性は多い。彼女たちが働くことを諦めなくていい職場でなければ会社の存続はない」。危機感から残業ゼロに取り組んだところ、やがて社内に変化が表れた。

 各自が段取りを工夫し、定時で終わるよう業務を効率化できたのだ。残業をやめたことで経常利益は前年比200%以上に。「私たちが笑顔で働ける職場でなければ、作る製品のどこかにほころびが出てくると思うのです」

 現在同社の従業員は32人で全員女性。柔軟な勤務体制の下、彼女たちが誇りを持って生み出す着ぐるみの評判は海の向こうにも伝わり、海外からも注文が舞い込むように。「このチームなら何があっても大丈夫、と思える『人』に恵まれたことが一番の財産。仲間たちと笑顔で、新たな挑戦を続けていきます」