フェミニズム専門の出版社「エトセトラブックス」を始動させた、松尾亜紀子さん。「『もうフェミニズムに関する本しか作りたくない』と思ったから独立を決断しました」と語る、彼女のストーリーを紹介します。

松尾亜紀子さん
1977年長崎県生まれ。東京の編集プロダクションに就職後、24歳で河出書房新社に転職。実用書、翻訳書編集を経て、2010年に一般書部門に。多くの著者とフェミニズムに関する書籍を出版。また、ブログで人気を集めていた少年アヤさんら、新しい著者の発掘にも努めた。18年に独立し、同年12月に出版社「エトセトラブックス」を立ち上げて、代表取締役に就任。

「もうフェミニズムに関する本しか作りたくない」

 2019年5月、「コンビニからエロ本がなくなる日」という刺激的な言葉が目を奪う雑誌『エトセトラ Vol.1』が書店に並んだ。この雑誌を手がけたのが、松尾亜紀子さん。同年2月に、フェミニズム専門の出版社「エトセトラブックス」を始動させた女性だ。

フェミニズムには、人それぞれの形があると「本」を通して伝えたい
フェミニズムには、人それぞれの形があると「本」を通して伝えたい

 松尾さんがフェミニズムに目覚めたのは、大学時代に社会学者の上野千鶴子さんや北原みのりさんの本に出合ったこと。

 「小さい頃から親戚同士の集まりで女性だけが立ち働く姿に疑問を持つなど、男尊女卑が根強い九州で抱えていたモヤモヤに、答えを得た気がしました」

 世界を広げてくれた本を、作る仕事がしたい。そんな思いを抱えて上京し、編集プロダクションに就職。さらに、河出書房新社に転職した。「最初に配属されたのはダイエットや料理などの実用書を出す部署。やりたいこと『ど真ん中』ではありませんでしたが、試行錯誤して思いを形にするのが楽しかった」

 最初に手がけたのは、映画『デブラ・ウィンガーを探して』の関連書籍。「映画関連の『実用書』として出版しましたが、今読むと、きちんとフェミニズムになっている、思い出してもうれしい1冊」

 次に配属された翻訳書を担当する部署でも、未知の女性作家の思いに触れるなど、貴重な学びを重ねた。「30代で一般書の編集部に移り、北原みのりさんや漫画家・田房永子さんら、前から仕事をしたかった方々とフェミニズムの本を作れるようになりましたが、それまで編集に携わった本も誇らしいものばかり。そんな経験をさせてくれた会社には、感謝の気持ちしかありません」

 それでも15年間勤めた出版社からの独立を決めたのは、「もう、フェミニズムに関する本しか作りたくないと思ったから」。徐々にフェミニズムが注目を集めていても、「売れ行きに響くから」と、帯に「フェミニズム」と明確に書かない判断があった。デモに参加しても、社員であるため名前を出せなかった。「社会を変えるためには、ハッキリと言葉で伝えなければ、と思ったんです」

 出版社の立ち上げには、退職金を全額つぎ込んだ。フリー編集者という道もあったはずだが、最初から起業以外の考えはなかったという。

 「フェミニズムには、人それぞれの形があります。例えば、自らのセクシュアリティーについて書いているエッセイスト・少年アヤさんの言葉も、私にとってはフェミニズムにとても近いところに位置しています。だから、出版社にこだわりたかった。『この出版社から出る本は、全部フェミニズムなんです!』と、多様性を伝えたいんです