1. 日経xwomanトップ
  2. doors
  3. 20代でやめたこと、始めたこと 30代でやめたこと、始めたこと
  4. 山口真由 東大「全優」で卒業も仕事ができず泥沼の日々
  5. 4ページ目
20代でやめたこと、始めたこと 30代でやめたこと、始めたこと

山口真由 東大「全優」で卒業も仕事ができず泥沼の日々

「満点の女、来ましたけど!」――。自信満々で財務省に入省するも、ミス連発/前編

リサーチは超得意。でも、考えるのが超不得意

 それでもまだ、私の中には「王道を捨てたくない」という気持ちがありました。そして、自分の中での「王道 パート2」である「弁護士の道」を歩み始めました。司法試験には大学3年生のときに合格していたので、企業法務の大事務所の扉を叩き、面接官と3回食事に行って、「どうぞ(入社してください)」という感じであっさりと次の就職が決まりました。司法試験そのものが狭き門ということもあり、就職活動はあまり苦労しませんでした。

 でも、残念ながら、弁護士事務所でも、仕事で評価されることはありませんでした

 途中までは、とてもうまくいっていたんです。リサーチは超得意なので、「これならできる!」と自信も持てました。でも、3年目ぐらいになり、手足を動かして調査する能力よりも、頭脳を使って考える能力を求められるようになって様子が一変しました。

 大手事務所はプロジェクトごとに30人規模などのチームで働きます。企業調査を行う際に、最若手は資料の中で難易度の低い基本パートを執筆します。経験を積むに従って難しいパートを担当するようになります。さらに、後輩が書いた文章をチェックし、手を入れてから上に上げるという役割も担うようになります。

 でも、私は後輩の書いた文章をチェックするのが大嫌いでした。後輩育成に一切興味を持てなかったんです。なので、後輩の文章はそのまま上に上げていました。そうしたら当然ながら「山口さん、一回自分で考えてから上に上げて」と言われてしまいました。

 実を言うと、私は「考える」こと全般が嫌いだったんです。それまでの勉強でも深く考えたことなど一度もありませんでした。私にとって勉強とは、深く考えてはいけないこと。情報量と処理能力の勝負でしかなかった。弁護士への勉強ですら「通説と判例を覚えて出す」の繰り返しだと考えていました。通説や判例に疑問を持つ人を見ると、「そんなふうにいちいち疑問を持っていたら、司法試験に落ちてしまうよ」と内心、思っていたぐらいです。

 私の勉強法は、圧倒的な情報量でカバーする「勉強界の体育会系」。だから、弁護士事務所で「自分で考えろ」と初めて言われて衝撃を受けたし、求められるパフォーマンスを出すことなどできませんでした。他人の文章をチェックする能力が全くなく、苦手なスキルを一から磨く精神的な余裕もありませんでした。

 だから、大量のリサーチをスピーディーに行うことで抜きんでるしかないと考えて、より多くの仕事を取るという手段を取りました。難易度の低い仕事も、その後の自分のキャリアアップにつながるような大事な仕事も、見境なく、すべて引き受けました。そうやって多くの仕事を手掛けた結果、処理スピードは落ちていき、評価も下がるという悪循環に。毎晩、夜中まで残業し、自転車で家に帰宅する途中、つらくてつらくて涙が出てきました。警察に不審に思われて、何度も職質(職務質問)されました。

 そのときまでずっと、私は「他人による評価」に自己評価を連動させていました。だから、勉強の成績がよかったときは「私は優れた人間だ」と思っていましたが、職場での評価と共に、自己肯定感も下がった。その一方、「自分が落後者であるはずがない」と信じたい自分もいて、低下する自己肯定感と、大きすぎる自己愛のはざまで揺れに揺れました。

会員登録で記事クリップやキーワードのフォロー、
My doorsの設定が可能になります