「最前線」という言葉の意味

 実は、利用者を増やして感謝の種をまこう、という提案もいただきました。ただ、大きな拡散を自ら積極的に仕掛けることには、いまだに二の足を踏んでいます。個人それぞれが抱いた小さな感謝が、同調圧力のようなプレッシャーのある大きな力になるのは避けたいからです。

 最初の発信からたった2週間で、誰がどこでどのように使っているのか、追いかけることはできなくなりました。それくらい、知らないうちにシェアされ、面識のない人からのメッセージもたくさん届きました。メッセージの多くは、医療従事者に対する尊敬と感謝の気持ちでしたが、「最前線」という言葉は、立場や状況によって、いろいろな解釈ができることも分かりました。

 医療現場で働く皆さんは、感染リスクが高いため、自宅ですら家族との時間を持てない人も多いと聞きます。肉体的にも精神的にもしんどいし、つらいに違いありません。もちろん医療だけではなく、日常生活を動かすために、農業、清掃、小売り、物流、運搬などの社会インフラは欠かせません。銀行、証券、貿易も簡単には止められません。飲食だって、介護だって、必要不可欠のサービスです。IT企業で技術者だった私は、クラウドを使っていると、その背景で必死にシステムを保守している元同僚たちの顔が浮かびます。

 小さな「感謝」をきっかけに、これまで意識してこなかった「最前線」の仕事を意識するようになりました。想像力を働かせ、視点を変えれば、感謝を伝えたい人はたくさんいます。

人と距離を取る今だからこそ、必要な想像力

 緊急事態宣言下でも、当たり前の生活が送れていることで、私たちは多くの仕事によって支えられていると改めて感じました。すべての仕事が、社会システムの一部なのです。

 私はこれからも、「最前線で働く人に感謝」を目にし、口にするとき、誰に対する感謝なのかを一つ一つ想像していきたいと思っています。これまで意識していなかった仕事に気づくきっかけにも、その仕事に従事する人を知る機会にもなります。想像力を働かせて意識するだけで、例えば、あの人の仕事の負担を減らせるように声をかけよう、自分が動こうと、一つ一つの行動や言葉が変わっていくと実感しているからです。

 最前線の仕事の多くは、必要不可欠であるにもかかわらず、低賃金や低待遇であることも多く、感謝を伝えるだけでいいものか……と考えるようにもなりました。今は感謝を言葉で伝えることしかできませんが、最前線で私たちの生活を支えてくれている人や仕事に、今度は、経済的価値で感謝を表したい。それが、持続可能な経済なのだと思っています。

文/小嶋美代子