起業家・作家として活動する関口舞さんの日経doors初連載。主人公は日経doorsブランドムービーに登場する、飲料メーカー広報の新人・アーヤ。弱気な性格と自信のなさが原因で、思うように成果を出せずにいた。(※日経doorsブランドムービーはこちらへ)

 朝に雨が降って昼すぎには止み、雲が消えて快晴になった。まだ肌寒さの残る4月、窓は水色の空を四角く切り取り、そこを桜の花びらがひらりと通り過ぎた。

 大手新聞社の8階の会議室にいた私は、こんなところまで桜が舞い上がることに、つい驚いてしまった。目の前にいた記者が長い間沈黙し、身をかがめるようにして資料を眺めている。もうだめだろうなとほとんど諦めた気持ちでその姿を見ていたからか、後ろをかすめる花びらに気づいたのだった。

 「今日は、わざわざご説明をありがとうございました。まあ、今度機会がありましたら……採用するかどうか、検討させていただきますね」

 作り笑いをした記者がそう言ってパソコンをパタンと閉じた。空気が揺れて、資料が一枚床に落ちた。

 これは私が飲料メーカーの広報として働き始めてすぐの案件だった。新聞記事に新商品を取り上げてもらうためのプレゼンを任されて用意したものの、想定外の質問にうまく答えられなかった。上司のユミさんがフォローしてくれたとはいえ、その記者が本件から興味を失ってしまったのは明らかだった。

 「今日はありがとうございました!」

 ユミさんは彼に笑顔で言った。彼女が頭を下げるのに合わせて、私も慌ててそれをまねた。

 会議室から出ると、廊下ですれ違った男性が振り返ってこちらを見ていた。ユミさんに見とれているのだろうと思った。エレベーターに乗り、ドアが閉まる。

 「よし! 今日の反省を踏まえて次もっといいのを持っていこうか! 一回突き放されたくらいで引き下がると思ったら大間違いだってところを見せてやらなくちゃ」

 ユミさんはいたずらっ子みたいに笑い、私の背中を軽くたたいた。

 「ほら、次、次! 次にがんばればいいんだって!」

 疲れているのか少し充血した目が潤んでいるようで、不謹慎だが、美しいと思ってしまう。

 「あの……せっかく任せていただいたのに、私のプレゼンがうまくいかなかったせいで。本当にすみませんでした」

 私はただ、うつむいて、謝ることしかできなかった。エレベーターの扉が閉まる。

 「まあまあ、場数を踏むことも大事だって。アーヤちゃんの作ってくれた資料、丁寧ですごく良かったよ。うん、強みを生かして、そういう部分で勝負していけばいいわけで……」

 エレベーターが途中停止し、他の階から人が次々に乗り込む。ユミさんはそこで言葉を止めた。私は、ユミさんのきれいに手入れされた爪を見ていた。

 確かに私は、ものごとを丁寧に扱うのが好きだ。例えば誰かの話をゆっくり聴いたり、自分の思考を取り出して日記を書いたりするのは。ただその代わり、臨機応変な対応、追い詰められたときのとっさの発言が上手にできない。自信のなさが原因の一つだと分かってはいても、自信を付ける方法がずっと、分からないのだった。

 ユミさんを見る。後ろからなので表情は見えない。荷物を持つ手を強く握り締めているようで、その指先が、血の色を失って白くなっていた。エレベーターの振動に合わせて、耳たぶの小さな真珠のピアスが揺れている。今、何を思っているのだろう。彼女はここのところたくさんの案件を次々に成功させていた。

 今日は悔しかったはずだ。私を信じて大事な部分を任せたばっかりに、失敗して、後悔しているんじゃないだろうか。1階に到着するまでの時間が無限に感じられた。

 エレベーターが止まり、外に出た。