「あったかくなったねえ」
ユミさんは明るく言う。
「春ですね」
ひとまずそう答えたものの、情けない失敗をしておいて、エレベーターでの一言の謝罪だけで済ますわけにはいかないと思っていた。でも、こんなときに何を言ったらいいか、分からない。「本当に反省し、これから努力したいと思っていて、だからまたチャンスが欲しいです」。それをうまく伝えるにはどうしたらいいのだろう。しかも、努力とは、具体的に何をしたらよいのだろう。
ユミさんが立ち止まって言った。
「あ、コンビニだ! なんかアイス食べたい気分だから買ってこよっと。アーヤちゃんも食べる? おごるよ」
ここで無邪気にアイスなんか食べていたら反省していないと思われるかもしれない、でもわざわざ言ってくれているのに断るのも感じが悪い……。一番無難な答えを考えたあと、「私は大丈夫です、ありがとうございます!」と伝えた。言ってしまってから、食べたいですと無邪気に伝えたほうがよかったのではないかと考えた。私はいつでも、自分が本当はどうしたいか、ではなく、どうしたら相手に嫌われないかをとっさに考えて行動してしまう。そのくせ、あまりうまくいっていないなあと気づいて落ち込んだ。
コンビニから出てきたユミさんは、すぐにアイスの袋を破った。そして半分に割るタイプのアイスを2つに分けながら、「実はダイエット中でさ。1個食べない?」と言った。きっとわざとそう言ってくれているのだと思う。そういう人なのだ。
「わっ、すみません、ありがとうございます、いただきます」
「どうぞどうぞ。疲れたときこそ糖分、大事だから!」
アイスを一口食べると懐かしい味がした。
「あ、このアイス、高校の頃、部活帰りによく食べてたんです」
思わずそう言うと、ユミさんはうれしそうに言った。
「へえ! アーヤちゃん、何部だったの?」
「テニス部でした」
「まじで? 結構意外かも。強かったの?」
「一応キャプテンでした」
「それはすごい」
ユミさんは私の肩をたたいた。
「キャプテン! その頃はビシビシやってたんでしょ? ほら、自信持てば絶対できるんだって」
私たちはそれぞれのアイスを食べながら歩いた。
確かに、あの頃の私はもっと積極的だった。社会人になって、昔よりも知っていることやできることが増えたはずなのに、自信だけはどんどん減っていくような気がする。今よりもやれることは少なかったはずなのに、今よりも自分のことが好きだったかもしれない。それは無知によるものなのか、環境によるものなのか、私自身が変化したからなのか、分からない。どうしたらそれらは回復できるのだろう?
ユミさんの髪がビルの明かりに照らされてつややかに光る。この人だけには、がっかりされたくない、嫌われたくない。アイスの甘さを感じるほどに、胸が痛んだ。