起業家・作家として活動する関口舞さんの日経doors初連載。主人公は日経doorsブランドムービーに登場する、飲料メーカー広報の新人・アーヤ。大事な仕事で失敗をした日、深夜に外を歩くうちに、不思議な建物に出合う。(※日経doorsブランドムービーはこちらへ)

 外に出ると、月が丸く、大きかった。

 いつも乗る電車の終電時間はもう過ぎていた。スマホを取り出して家までの別の経路を調べながら、途中でそれをやめて、道の暗いほうに向かって歩き始めてみた。スマホの充電があと5%しかなかったし、このまま誰もいない部屋に帰るよりも、一旦ただ、目的地を決めずに、歩いてみたいと思った。しばらく歩くと、途中、静かな路地で奇麗な水の音が聴こえて、立ち止まった。道路のマンホールの中の音だった。木琴を叩くような音色が不規則に響いている。

 しゃがみこんでしばらくそれを聴いていた。途中で黒い猫が来て、遠くから私をじっと眺めていた。意思疎通できるかのように、見つめ合った。

 ポツ、と手の甲に水が落ちたと思ったら、それが次々に増え、すぐに大雨になった。こういうときのための折りたたみ傘を買ったはずなのに家に置いてきてしまった。慌ててどこか屋根のある場所を探し、路地にある古びた建物の下に駆け込んだ。それは黒ずんで壊れそうな木造の建物で、窓もなく、特別に静かだった。人が住んでいるようにも見えないし、雨が落ち着くまでひとまずここで様子を見ようと思った。

 前髪が濡れて冷たい。目の前に透明なカーテンでもあるかのような大雨だった。ヒール付きのパンプスで足が痛くなってきた。「私ってほんとにどうしようもないな」と思った。仕事では失敗して彼氏とは自然消滅寸前、おまけに終電を逃して深夜に路地裏で雨に濡れているなんて、ここまでくるとついてなさすぎて逆に少し笑ってしまう。

 そこに立って大粒の雨を眺めていると、寝不足のせいか、ふっとめまいがした。思わず、建物にもたれかかる。

 そのとき、ギイ、とドアが開くきしんだ音がして、ジャズのような音楽が聴こえてきた。私が背中でその建物のドアを開けてしまったのだった。慌てて閉めようとすると、タキシード姿の長身の紳士がタオルを手にして突然さっと現れ、外見と似合わない高い声で言った。

 「いらっしゃいませ、すごい雨ですね! こちらをどうぞ!」