「ああ、先生! やっとお越しになりましたか。もう、みんな待ちくたびれてますよ。面倒な注文やら合言葉やらおしぼりでの合図やら、わざわざこちらの都合で色々とお手数をおかけしてすみませんでした。しかしこんなにお若い方で、しかも女性だなんて、驚きですね。いや失礼、決して馬鹿にしているわけじゃありませんよ、何しろ先生は難解な哲学などを説いていらっしゃいますからね。てっきりご年配の男性だとばかり。写真一つ公開されていませんでしたからね。今回、初めて先生が公の場に出る機会ですから、それはもう、聴衆も大騒ぎで」

 「あの、」勇気を振り絞って言った。しかし、恐怖で声がかすれる。人違いなんです、すみません、カクテルはたまたまなんです、合言葉を間違えて言ってしまったみたいで、四角く折ったおしぼりまで合図だったんですか? これも本当にたまたまなんですけど……言おうとしたのに、男は構わず続けた。

 「まあ、例の敵の存在については……ご心配いりません。うちの組織がお守りしますから。やはりね、大きな額が動いてることもあって、それなりに警戒しないといけないんですよ。例えば部外者の侵入とかですね。この建物の存在や合言葉を知られるわけにはいきませんからね……。しかし大丈夫です、部外者が入ってきたらこいつで一発ですわ」

 彼は誇らしげに銃をとんとん、と叩いた。昔から映画やアニメの世界で見るピストルはかっこいい、なんて思っていたのに、いざ目の前にして、恐怖で身がすくむ。人違いであることを伝えたら今度はその部外者ということになってしまうのだろうか? 光る銃口に圧倒されて、言葉が出てこない。

 「さあさあ、こっちへ」

 男は私の手を引いて部屋を出て、すぐに緑のドアを開け、そこに連れ込まれた。入り口が眩しく光り、思わずぎゅっと目を閉じる。