わあっ、という大勢の歓声が聴こえた。恐る恐る目を開けると、そこはコンサートホールのような会場だった。大勢量 の人が集まっている。私が立っている場所は、そのステージだった。中央にスタンドマイクがあり、スポットライトに照らされている。銃を持った男はステージの陰から叫んだ。

 「さあ、先生のご登場です!」

 ホールの中に大きな拍手が響き渡った。

 ああ、とんでもないことになってしまった。その先生とやらが、写真を公開してこなかったせいで。そして「諸行無常」などという、それなりに有名なフレーズを彼らが合言葉に選んだせいで。ここまできたら取り返しがつかない。緊張も限界極度に 達し過ぎて、もう自分の心臓の音を感じなかった。今更別人だとばれたら、その敵とかいう連中に認定され、ひどい目に遭う可能性が高い。ここまできたらその先生とやらになりきって、なんとかこの場を乗りき切って、タイミングを見計らって、逃げるしかない。

 目を閉じて、「難解な哲学を説く、年配の男性だと思われているような、先生」のイメージを頭に思い描いた。きっと堂々としていて、言葉に含蓄があり、示唆的なことを話す。それは例えばどんな人物だろう? そうだ、それこそゴッド・ファーザーのような? びくびくしていたらきっと怪しまれてしまう。一度自分の気持ちを捨てて、そのような人物を演じる覚悟を固めた。

 静かな決意。テニス部時代の決勝試合前の気持ちを思い出した。意外に冷静な自分に、私自身が驚いた。

文/関口 舞 イラスト/くぐはら ひろ