起業家・作家として活動する関口舞さんの日経doors初連載。主人公は日経doorsブランドムービーに登場する、飲料メーカー広報の新人・アーヤ。仕事で失敗した夜、雨宿りのつもりで入ったバーで、思いがけず謎の組織の合言葉を口にしてしまい、「先生」という別の人物と誤解されて、演説のステージに立たされてしまった。今さら人違いが判明したら命が危ない状況に陥り、ひとまずその先生になりすますことを決意する。(※日経doorsブランドムービーはこちらへ)

 ゆっくりと歩き、スタンドマイクの前に立つ。

 「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」

 できるだけ大きな、はっきりした声で言った。

 歓声と拍手が沸き起こる。女性だったんだ、こんなにお若いなんて、と興奮気味の聴衆が口々に話し合っている。彼らも一体、何者なのだろう。どうやってここに来たのだろうか?

 しかしここで、困ってしまう。何を話したらいいのか全く分からない。今回の集まりのテーマも、私が誰なのかも、何ひとつ分からない。今日の新聞社でのプレゼンが遠い昔の出来事に感じる。あんな場ですらうまく話せなかった私が、どうやってここを取り繕えばよいのだろう。男の銃口を見る。自分でも信じられないくらい瞬時に脳が回転し、こう言っていた。

 「今日は、皆さんからのご質問にお答えしたいと思います。どなたか、どうぞ」

 講演を用意していない以上、こうするしかないという判断だった。これならなんとか場を凌げるかもしれない。

 わあっ、とまた歓声。拍手の中、聴衆の一人が叫ぶ。

 「先生! 今回の新作『自由について』を書かれたきっかけを教えてください!」

 ああ、早速、もうだめだ、と思った。当然そんなもの書いていないし、聞いたこともない。緊張で手足が痺れる。しかし、なんとかしなればいけない。

 私はなるべく一つひとつの動作をゆっくりと行い、ふう、とため息をついた。

 「良い質問。ですね」

 口調を遅くして、時間を稼いだ。なんとか、本の内容を知らずとも意味が通るようなことを言わなければいけない。ヒントは本のタイトルしかなかった。

 「皆さんだって、自由というものについて考えたことがおありかと思いますが」

 ここで一度、目を輝かせて大きく頷く聴衆を見渡す。

 「私も。同じです 。やはり自由について、こんな時代ですから、考えてみたくなったのです。しかし自由は、追いかければ逃げてしまう。捕まえたと思ったら手から滑り落ちてゆく。あなたも、そうお感じになりませんか?」

 とりあえず誰も否定のしようのない抽象的な言葉で乗り切ることにし、先程質問を発した男の目を見て私は言った。彼はいかにも光栄であるような満面の笑みを浮かべ、「はい! 僕も! そう思います!」と叫んだ。聴衆は拍手をした。緊張と鼓動で体じゅうがビリビリと痺れた。ステージの袖には銃を持った男がいる。